78. 森に還る日(3)
本日2話更新。
本章は2話目になります。
「彼女は……いなくなったんだ。ある日、忽然と」
「いなくなった? どうしてだ」
「200年前、炎が窪地を飲み込んだとき、私とフィリオリ、そして一緒に逃げてきたエルフたち、村人たちと一緒に、今のこの村の場所まで逃げてきたんだ。ここは穏やかで、危険な生物も見当たらず、ここに村を築くことにした。そして、少しずつ村の生活に慣れてきた頃、おかしなことが起きる様になったんだ」
「おかしなこと?」
「村人が姿を消すようになったんだ。姿を消した村人は数日すると、死体で見つかった。ただの死体ではない」
そこでノルディンが身震いした。その顔には苦渋の色が浮かぶ。
「黒く、干からびた死体だった。その者たちはみな、大きく口を開いて、絶叫したようにしてこと切れていた。あんな死体は見たことが、ない。そのうちのある朝、フィリオリも姿を消してしまった。本当に忽然と、だ」
俺は故郷の村の川に流れ着いた、黒ずんだ死体を思い出していた。それから、フィリオリの結婚式で死体のままで入場してきた隣国の王子のことも。
「フィリオリの姿が見えないことに気づいて彼女の家を訪ねると、どこにも姿がなくなっていた。今でも鮮明に覚えているよ、彼女のテーブルには朝食の用意がそのまま残されていたんだ。それから、村のものみんなで必死に探したが、みつからなかった。200年経った今でも、見つかっていない」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ノルディン」
俺の頭の中に、200年前のフィリオリの結婚式の映像が鮮明に甦っていた。あの日、結婚式が行われるはずだった荘厳な大聖堂。そこに、馬に乗った王子が現れ、落馬する。兜が外れた中から出てきたのは、干からびて黒ずんだ王子の死体だった。
王子の死は俺たちの国、ノースフォレスト側による呪いだと決めつけられ、めでたい式の場が突如、惨劇の場所へと変わり、大勢の人間が亡くなった。それがノースフォレストとノースプラトーを決定的に戦争の道へと引き摺り込んだのだった。
実際のところ、王子を殺したのが誰だったのかはわからなかった。だが、王子の死因を当時、現場にいた神聖教会の司祭はこう言った。
「魔女の呪い」
俺は思わず、呟いていた。
そうだ、確かにそう言っていた。当時は半信半疑だったが、魔女の実在を知った今であれば、あのような異様な死体を作ったのは、言葉通り、魔女の仕業だったと信じられる。
いや、待て。
待ってくれ。
フィリオリは、あの地獄のような炎を生き延びてこの村に辿り着き、平和に生涯を送ったのではなかったのか。
そんな悪夢のような、禍々しい魔女の呪いに、巻き込まれたというのか?
そして彼女の身に何かがあったとしても……
俺は愕然とした。
もしそこで何が起きていたとしても、すでに200年の時が経っている。それはすでに過去の出来事で、何もかもが手遅れなのだ。
ノルディンが俺のシャツの裾を掴んだ。その顔は苦渋に満ちている。
「話せば君は苦しむだろうと、思っていた。でも、同時に……君にこのことを知らせなくてはならないという気持ちと……結局、今の今まで……話すことができなかった。すまない、ランス」
「話してくれてありがとう。でも、もういいよ。君が辛そうにしているのを見たくない」
「フィリオリと一緒に、もう一人、消えた人物がいる」
ノルディンは俺の制止を聞かず、息も絶え絶えになりながらも、さらに話を続けた。少しでも多くのことを、伝えようとしている。
「彼女、そう……我々と一緒に逃げてきた、10代の少女だった。目立つ少女ではなく、あまり自分から打ち解ける……ことはなかった……そして、彼女がいなくなった後……誰も、彼女が元いた村のことを知らない、ということがわかったんだ。そして、彼女が消えてから……黒い死体が出ることはなくなった」
「少女? それはどんな姿をしていた?」
「それがよく……思い出せない。本当に、目立たなく、気がつけば一行の中にいて、そして気がつけばいなくなっていた」
荒い息の中、懸命に思い出そうとするノルディンの手をとり、それを胸の前で組ませた。
「いや、もう十分だ。もういいよ、ノルディン。フィリオリがどこへ行ってしまったのか、必ず俺が突き止める。だから安心してくれ」
すると、安堵したようにノルディンの表情から険しさが消えた。ずっと背負っていた重荷を下ろしたような、そんな表情だった。そして荒かった息が、徐々に浅く、ゆっくりになっていく。
「ああ……フェルマリ、いるのかい?」
フェルマリが駆け寄り、その手を取った。
「私はここよ、ノルディン」
「君と暮らせた数百年、本当に、幸せな日々だった。ありがとう、君に出会えて、本当に良かった。どうか、幸せに……」
「私のほうこそ、ノルディンの子供になれて良かった!」
「ランス、フェルマリを……たの……」
それからノルディンは声にならない声で、うわごとのように、「フェルマリを頼む」と何度か繰り返した。そのうちに呼吸が止まり、眠るように息を引き取った。医師のエルフが脈をとり、止まっていることを確認する。
フェルマリの啜り泣く声が部屋に響いた。それを聴きながら、俺は立ち尽くしていた。
永遠に生きるような気がしていたノルディンが逝ってしまったこと、そして彼が最後に言いのこしたフィリオリのことで、頭がぐちゃぐちゃになっていた。
次回は木曜更新になります。
よろしくお願いします。




