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77. 森に還る日(2)

すいません、遅くなりました。


本日2話更新します。

この章は1話目です。

 ゆらめくランプの灯が木張りで作られたこの部屋を照らしている。ベッドに横たわる老エルフを、俺、フェルマリ、グリシフィアが囲んでいる。


 ノルディンは、長い年月を経て、この世での役目を終えて息を引き取ろうとしていた。その枯れ木の様になった老エルフの語られる言葉を、永遠を生きる魔女が待っている。すでにその傲慢な笑みは引いていた。


「グリシフィア、どうして君はこのノースティアまでやってきたんだい? ここはすでに半ば滅んでいる、何もない、北のハズレの島だよ。もしかしたらだけど、君はまだ、フィリオリの影を追っているんじゃないのか?」


 フィリオリ。最初の生における俺の実の姉で、グリシフィアと瓜二つの顔を持つ王女。


 しかし王女とはいえ、フィリオリはただの人間だった。その彼女の影を、永遠の魔女が追い求める?


 俺は驚きを持って、グリシフィアの顔を見た。魔女の顔からは表情が消えていて、何を考えているのかは全く知れなかった。


「君は完全無欠なんかじゃ、ないのさ」


 そこまで言うと、ノルディンは大きく咳き込んだ。苦しそうに横を向いて、その口から唾液と痰が溢れた。だが咳き込みながらも、言葉を続けた。


「君たち……は! 自らやお互いを、滅ぼすことはできないのだろう? もしできるのなら……ゴホッゴホッ!! とっくに……そうしているはずだからね! 誰か他のものによって滅ぼされる必要がある。君たちが目的を達成するためには人間の力が不可欠なわけだ」


 ノルディンは絞り出すようにして言葉を続けた。俺たちも、グリシフィアですら、言葉を挟まずに無言でそれを聞いていた。


「フィリオリを変えたのは……ランスなんだ。でも君にはそれが……わからないだろう。

 この200年で二つの国が滅び、村が生まれ、この森が生まれた。でも君は何も変わらないね、永遠の魔女よ。この世界にピン留めされたように、変わらないままだ。一方、フィリオリはどうだ? ランスに会って、彼女は変わったんだ。ほんの数年、わたしたちにとって取るに足らない、ほんの束の間さ。その間に驚くほど強く、美しくなった」


 ノルディンが力を振り絞るように、グリシフィアに手を伸ばした。


「永遠の時が君を変えることはできなくとも、ランスは君を、変えるかもしれない。グリシフィア、永劫の檻から君を解き放つものがいるとすればそれは人間だ」


「私を解き放つ? 何を言っているのからしら。私は何物にも囚われはしない。その気になれば、この世の全てを支配することができるわ」


 風もないのに、グリシフィアの髪が波打っている。黒い魔女が手を水平に振ると、突如、窓が開いて部屋の中に冷たい空気が入り込んでくる。声が響いた。


「ご挨拶なさい、この夜の支配者に」


 すると俺に月の引力が働き、その重さに俺は膝をついた。見ればこの場にいるフェルマリ、医師と、ノルディンを除いたすべてが跪いている。


「その気になれば、どんなものだって這いつくばらせることができるわ。たとえ魔女であろうと、私の支配から逃れることはできない。ましてや、脆弱な人間ごときに何ができるの? 誰も私を殺すことはできない。誰も私を変えることなどできない。なぜなら私は完全無欠にして最強の魔女」


 グリシフィアが部屋の中央で悠然とたち、ノルディンを見下ろした。


「傲慢の魔女、グリシフィアだもの」


「そうさ、その通り」 


 しかしノルディンは笑みを浮かべていた。


「君をとらえているおりは、その、傲慢の魔女なのさ、グリシフィア」

 

 グリシフィアは無言のまま、ふっと顔を横に向けた。不貞腐れたような顔で、背を向ける。その途端、俺たちの体が引力の支配から解放された。


 しかし、俺がグリシフィアを変える? 永劫の檻から解き放つ、だと?


 ノルディンの意図がわからない。俺が探しているのは奴を殺す方法だ。変える方法を探しているわけではない。


「俺にそんな力があるのだろうか。この200年だって、無為に過ごしてしまった。ノルディンに再会しなければ、きっとずっと、同じように無駄な復讐を繰り返していたかもしれない」


「大丈夫だよ、ランス。君は無自覚かもしれないが、確かに多くの人間を変えているんだ。フィリオリだって、フェルマリだって———そして私も、だよ。ランス、最後に私に、勇気をくれないか」


「勇気?」


 そしてノルディンは目を瞑った。荒い息を繰り返し、ゆっくりと長い時間をかけて息を整えてから、そして目を開けた。


「すまない、ランス。君に……謝らなくてはならないことがある。だが、言い出せなかった。もう200年も前の話を、今の君に話すべきなのか……」


 ノルディンが俺に手を伸ばした。その目はすでに焦点を結んでおらず、俺の姿も見えていない様だった。俺はノルディンの手を取った。


「俺はここだ。謝るだなんて、よしてくれ。ノルディンは俺の最高の友達だよ。君には本当に、助けられた」


「……本当は、君にこの話をするのが……怖かったのかもしれない。何も語らず、逝ってしまうことを、楽な道を……ずるい道を、選ぶところだった。でも、君が私の死に目に間に合ったことで、決心がついたよ。いいか、よく聞いてくれ」


 ノルディンが話すことを躊躇するなど、一体、なんの話だろう。俺は得体のしれない緊張感を感じ、ノルディンの枕元に屈んだ。


「俺はここで聞いているよ。なんでも、話してくれ」


 ノルディンは頷くと、語れずにいたことを、語り出した。


「フィリオリはここで、天寿を全う、できなかった」


 その言葉に、俺の背中に冷や水を浴びたような感触がした。


 なん……だって?


「彼女は……いなくなったんだ。ある日、忽然と」


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