74. 一人にさせない(後)
本日、前後編の2話投稿。
こちらは後編になります。
船は陸地を離れ、島の南の近海を東周りに進んでいった。
北の海の冷たい風を受けて、キャスリンの栗色の髪が靡く。キャスリンは甲板の上で舷側に手を置いて、遠ざかる陸地を眺めている。やがて振り向き、明るい茶色の瞳を俺に向けた。
「私に隠していたことって何?」
血のつながらない姉はやや緊張した様子で言った。その目がじっと俺を見ている。
動く死体に襲われたとき、そして先ほど、炎獅子に襲われて命を失おうかというとき、彼女は視線を逸らさずにじっと相手を見ていた。その強い視線が、今、俺に向けられている。
「これから言うことはキャスには信じられないことかもしれないけど……」
「信じるわよ、ランスの言うことなんだから」
キャスリンが言った。どんなことでも受け止める、そう言っているように見えた。
俺は頷いて、語り始めた。
最初の生でノースフォレストの王子であり、騎士だったこと。怠惰の魔女の気まぐれで100万回の生を受けたこと。フィリオリのこと。魔女グリシフィアのこと。優しいノルディンのこと。
そしてここが魔女によって炎に包まれ、滅んだ故郷であるノースティアであること。
「俺はそこの魔女を殺すために何度も生まれ変わり、敗れて死ぬことを繰り返していた。そんな中、今度の生は孤児として旅芸人に拾われることになった。それが俺だ」
俺が話している間、キャスリン何度も言葉を挟もうとして、その度に言葉を呑み込んで、黙って聞いていた。俺が話を進めるたび、彼女の目が大きく見開かれ、そして悲しげに揺らいだ。
「そんなことって……」
「以前、俺は君の弟なんかじゃないと言ったな。俺は化け物だと。正体はこういうことさ。俺は何度も生まれ変わるたびに、人間の気持ちを忘れていった。最初の生で気がつきかけていたことも、ずっと忘れて、ただ魔女への憤怒だけで心を満たし、彷徨っていた」
「確かにそう、言っていたわ」
キャスリンの大きな瞳から涙が落ちた。同時に、俺の胸に飛び込んでくる。
「でも、今はあたしの弟でしょ? あたしの答えも変わらない。あんたはあたしの弟よ」
キャスリンが涙で濡れた顔をあげる。深い水をたたえた瞳に俺が映っている。
「ううん、今だけじゃない。私が死んじゃっても、その後もランスは生き続けるんだね。でもそうだとしても、この先、何度生まれ変わっても、ランスはずっと私の弟。大切な弟よ」
迷うことなく紡ぎ出される彼女の言葉。それが真意であることがわかる。
「ランスを一人にさせない」
「ダメだよ、キャス」
キャスリンの言葉に気圧されながら、俺は言った。
「俺についてきてはダメだ。この先に村がある。優しい人たちが住んでいる。君はそこで暮らさせてもらうんだ。そこで、俺と君はさようならだ」
ノースティアについてきたことで、彼女は命を落とすところだったのだ。今度ばかりは譲るつもりはない。
「そんな知らない村で一人で待っているのは嫌よ」
「今度ばかりはダメだ。あの炎が見えるだろう」
島には高く並んだ山脈と、その奥から噴き上がる炎が見えた。
「あの炎の中心にはイフリートと呼ばれる強大な魔物がいる。俺はそいつを狩りに行くんだ。君がいては……」
「はいはい、いつもあなたはそうね、ランス」
キャスリンが俺の言葉を遮った。俺から離れ、その強い眼差しで言った。
「私が行くと行ったら、行きますからね」
「キャス……」
俺は黙って彼女を見つめた。こうなれば仕方がない。どうにか彼女をあの村に置いて、気づかれないように出かけるしかないか。
そんな中、不意にふっと彼女が笑った。
「でもあなた、王子様だったのね」
「一応、そうなるな」
正妻の子供ではなく、私生児の身であったが。するとキャスリンは愉快そうにして、
「乙女だったら一度くらい、夢想するものよ。ピンチに、王子様が駆けつけて助けてくれるの。かなってたのね」
「たまたま間に合ったんだ、次はわからないぞ」
「せっかく感激してたのに、水をさすもんじゃないわよ。でも、嬉しかったわ。ありがとね、ランス」
夕日がさして、笑う彼女の頬を赤く染めていた。
「マジかよ、ランス」
俺たちの話を盗み聞きしていたらしいジョイルが声をかけてきた。後ろ手に縄で縛られ、船のマストに繋ぎ止められている。
「どうりでガキの剣じゃねえって思った。てめえ、とんだジジイじゃねえか」
「ジジイといわれる年まで生きたことはないな」
30になる前にはいつも命を落としている。俺はジョイルの脇を通りぬけて、遠巻きに俺を見ているフェルマリの元へ向かった。彼女は俺と視線を合わそうとせず、足元を見ている。
「フェル……」
「エルフさん」
俺が言う前に、キャスリンが前に出て言った。フェルマリはびくっと身を震わせて、おずおずとキャスリンを見た。
少しの間、沈黙が流れる。俺は一言も発することができず、状況の行方を見守った。
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