73. 一人にさせない(前)
本日、前後編で2話、投稿します。
「は? どういうこと?」
グリシフィアが信じられないと言った顔を見せた。
「このまま大坑道へ向かうのではないの?」
確かにこいつの月の引力の魔法は、窪地で燃え続ける炎を割って道を作ることができた。だが窪地はかつて二つの国が存在した広大な場所だ。たとえ炎がなかったとして、窪地の南の果てから北東にある大坑道まで移動するのは何日もかかるだろう。
とすれば、考えなければならないのが、補給の問題だった。炎に包まれた世界には食べられるものはおろか、飲み水も確保できないだろう。
手持ちの食糧は数日分しかない。一度村に戻り、村の長であるカイルに相談するつもりだった。そのことを語ると、グリシフィアは心底、うんざりといった顔をした。
「興醒めよ。人間というのは本当に不便なものね」
勝手に言っていろ。魔女はどうか知らないが、人間が未知の場所に向かうには準備がいる。
俺は振り返り、腰に手を当てている魔女に言った。
「おい、どうした。来ないのか? 置いてくぞ」
「置いていく?」
「こんなところに一人で待っているつもりか?」
荒涼とした雪と岩の大地だ。一人、置いていくのは少し憐れな気がして声をかけたが、考えてみれば永遠を生きる魔女だ。余計な気遣いだった。
しかし魔女は少し考えて、
「そういえばあの白いエルフの純正白のマントはその村のものだったわね」
そう言うと、俺に向かって歩み寄ってきた。
「いいわ、一緒に行ってあげる」
上から目線での物言いが気に食わなかったが、こんなことで揉めていても仕方がない。俺とグリシフィアは他のメンバーが待つ、南に向かった。
「ランス様!」
俺の姿を見かけて、真っ先に駆けて来たのは白銀のエルフ、フェルマリだった。
「ご無事でしたか! 魔女にまた変な呪いでもかけられはしませんでしたか?」
フェルマリが敵意がこもった目でグリシフィアを睨む。魔女はそれを涼しい顔で受け流し、
「ずいぶん、手懐けたものね。どういう手を使ったのかしら?」
黒い瞳を俺に向けた。どういう手も何もなく、このエルフには勝手に敵意を向けられ、勝手に和解して忠誠を誓われている。俺としても戸惑っているくらいだ。
「私はあなただって、信じてないんだけど」
フェルマリの後ろからやってきた栗色の髪の少女、キャスリンが言った。いつもの明るく活発な様子を潜ませて、冷ややかな目をエルフに向けている。
「あなたがあの魔物だらけの入江に誘い込んだせいで、ランスは海に落ちたんでしょ? グリシフィアは魔女かもしれないけど、私たちを助けてくれたわ」
フェルマリがはっとした顔をし、悲痛な顔で下を向いた。尖った耳が力無く垂れ下がっている。
「キャス、彼女も海賊に一人で攫われて、必死だったんだ。許してやってくれないか」
俺は見かねて二人の間に入った。するとキャスリンはますます不機嫌そうに、
「どうしてランスがエルフを庇うの? 二人でいる間に、ずいぶん仲良くなったみたいね」
「仲良くって、誤解が解けただけだよ。彼女は俺を海賊だと思っていたんだ」
「ふーん、まあ、どうでもいいわ」
全くどうでもよさそうでない雰囲気でキャスリンが言った。俺は幼い頃からの癖で黙った。不機嫌な時のこの姉には、何を言っても逆効果だと知っている。なんとなくフェルマリにも声をかけずらく、視線を逸らした先でグリシフィアがふっと笑った。
キャスリンは黒焦げた死体のそばにしゃがみ込んだ。痩せた海賊が死体の脈をとり、顔を横にふって言った。
「息絶えたよ」
「そうか」
巨漢の海賊、ジョイルが死体を覗き込んで言った。
「こいつはコックだった。料理はそんな上手いわけじゃなかったけどよ、こいつの味の薄いスープも食べられねえと思うと寂しいもんだな」
その言葉を聞いているのか、焦げたコックの死体を見てフェルマリが立ち尽くしている。顔色が悪く、その体がわずかに、震えている。村を守るつもりだったとはいえ、自分の行動によって何人もの人間が死んだ。その事実に打ち震えている。
「大丈夫か、フェルマリ」
俺の声には答えず、顔を伏せたままだ。かける言葉も見つからずにいると、ジョイルがフェルマリに声をかけた。
「おいおいエルフの嬢ちゃん、あんたが気に病むことはねえんだ。俺たちは海賊、そんでお前は攫われた獲物だ。抵抗するのは獲物側の権利だぜ。やられた俺たちが間抜けなのさ」
巨漢の海賊の服は焦げてボロボロ、黒い長髪は焦げてちぢれ、身体中に火傷と切り傷のひどい有様だった。
「死んだ奴らが恨むとすれば、この間抜けな船長だよ」
「あんたを恨む奴なんていねえよ」
ただ一人生き残った、船医をしていた海賊が言った。
「俺たち全員、目論みが甘かった。ここは本当に呪われた島だ。とんでもねえ魔物がウヨウヨいやがる」
確かに、あの岩のトカゲも炎の獅子も、ミッドランドでは見かけないほどに危険で、凶暴な魔物だった。だが俺は、それよりはるかに危険で強大なイフリートに立ち向かうつもりだ。
「誰が悪いとか、誰を恨むとかどうでもいいじゃあありませんか!」
急に大きな声を出したのは、今まで静かにしていた神父だった。
「南の方に、ランスさんたちが乗ってきた船があるのでしょう! 早く、この危険な場所から離れましょう! 揉めるのはその後でみなさん、勝手にやってください!」
確かにこいつの言うことも一理ある。俺たちは口数も少なく、南の船に向かった。幸い、新たな魔物に遭遇することもなく、俺たちは船につくことができた。
陸にかけられた木の板を渡って船に乗り込むと、待っていたジルコが声をかけてきた。
「よお、生きて帰ってきたな」
「ああ、ジルコの剣のおかげだよ。とんでもない切れ味だった」
「そうだろうそうだろう。ドワーフ鋼は俺の師匠のそのまた師匠から受け継がれてきた秘伝の鋼だ。大陸の鉄なんかには負けねえ」
「この剣だが、もう少し借りていることはできないだろうか」
イフリートと戦うのに、強い武器が必要だ。
「そいつは構わねえが、しかし……」
ジルコが船に乗ってきたジョイルをみて言った。
「とんでもねえ激戦だったようだな。特に、あんた」
「あ? なんたこのチビのおっさん」
ジョイルが腕組みをしてジルコを見下ろした。ジルコは物おじせずに顔をあげて、海賊の全身の火傷と切り傷を見て呆れたような声を出した。
「おっさんじゃねえ、ドワーフってんだ。しかし俺は人間より頑丈さを売りにしてるがよ、あんたには負けそうだな。それだけひでえ有様で、なんであんた生きてられるんだ」
「俺は偉大なる海賊ジョイルだからな。気合いの入った本物の海賊なら、このくらいの傷は屁でもねえんだよ」
強がるジョイルだったが、流石に声には疲れが見えた。そこに何人かの船員が取り囲む。
「おまえたちがフェルマリを攫った海賊だな」
「おうよ、鉄鎖海賊団ってんだ。つっても、生き残りは俺たちだけになっちまったがな」
「おまえたちは私たちの村で裁きを受けるだろう」
船員たちはジョイル、船医、神父は後ろ手に縄で縛った。それを見てキャスリンが、三人を庇うように前に出た。
「すいません、彼らは海賊ですが、あまり手荒なことはしないでもらいたいです。私は彼らに助けられました」
「あなたはランス様の姉、キャスリン様ですね」
船の乗組員たちは、俺だけでなく、キャスリンへの態度も恭しかった。その様子に、キャスリンが戸惑う。
「ランス……様?」
俺の顔を見た。俺は頷いて、キャスリンの目を見て言った。
「キャス、君に黙っていたことを話そうと思う」
後編は30分くらいで投稿予定です。
よろしくお願いします。




