71. 魔女との誓い(前)
本日2話更新します。
(前後編)
陽光の下、雪原の向こうに炎を吹き上げる高い山々がある。
その山が巨大な爪で切り裂かれたかのような、裂け目のような道があった。
霊峰の道で待つ。
キャスリンがグリシフィアから受け取った伝言だ。
俺は霊峰の麓である、裂け目に向けてゆっくりと荒野を歩いていった。
裂け目からは激しい炎が山より高く吹き出し、来るものを拒んでいる。
その炎を悠然と見上げる、黒い魔女の姿があった。
「生きていたのね、ランス」
魔女は振り向かずに言った。
「賭けは継続だわ」
「ああ」
賭けとは、この呪われた島ノースティアへの船に乗る条件として、グリシフィアと交わしたものだ。
もし俺がイフリートの角を持って帰れない場合、魔女の生涯にわたって奴隷になることになっている。永遠を生きる魔女の、生涯だ。100万回の生を繰り返す俺の次の生も、その次の生も、何度生まれ変わろうと奴隷ということになる。
その賭けを呑むことで、俺はこの島に来ることができた。唯一、魔女に通じる可能性がある真銀を求めて。
「あなたの求めるものはこの炎の向こうよ。さあて」
グリシフィアが振り返った。
「どうするのかしら」
いつものように、こちらを見下すように微笑んでいる。この笑みは俺の憎悪の対象だった。今でもそのことは変わらない。しかし、以前とは違うことがある。
「この炎はお前の魔法ではないんだろ」
俺の問いに、
「ええ」
魔女はあっさりと認めた。
「今更だわ。この200年もの間、そんなことにも気が付かなかったの?」
まったくだ。いや、この炎が誰の魔法などどうでも良かったのだ。
俺は身を焼く憤怒をただ、目の前の魔女に叩きつけたかっただけだった。
だが今は違う。俺は吹き上げる炎を見上げ、言った。
「魔女という存在には驚かされる。200年も島を覆うような強大な炎を作り出すなんて、な。お前の月の魔法が可愛く見えてくるほどだ」
俺の言葉に、グリシフィアの笑みがすっと引いた。俺は言葉を続ける。
「おまえ以上の魔女がいるなんてな」
「は?」
魔女の目が冷たさを増している。俺と戦っているときはいつも笑っていて、こんな顔を見せることはなかった。
「すまない、聞こえなかったか? ここは炎の勢いが強いからな」
グリシフィアの視線が俺の口元に注がれている。思ったよりも効果がありそうだ。もう一度、俺は言う。
「傲慢の魔女グリシフィアを超える魔女がいるなんてな。まったく、とんでもない存在に喧嘩を売ったもんだよ」
そこでグリシフィアがふっと笑う。
「少しは知恵を使うようになったのね。しかしランス、慣れないことをするものではないわ。あなたのような不器用な騎士が、役者の真似事かしら?」
そう、確かに俺は役者の真似はできない。だから。
「そうだよ、俺が演技なんかできない。だからこれは本心だよ。俺が手も足も出なかった魔女グリシフィアですら、この炎の前では何もできずに手をこまねいているだけだ」
「私が手をこまねいている? あの女の、こんな炎に?」
グリシフィアの長い黒髪が炎に煽られて靡いている。その目にはあからさまな怒りの表情が見てとれた。
「全くあなたときたら、この私と200年以上も対峙しておいて、私の魔力すら計りかねているの? そんなことだから、いつも同じように無様にやられるのよ」
「おいおい、ムキになるなよ。確かに俺はお前に手も足も出ないさ。けどお前も一緒だろ。この炎を前にして何もできず、突っ立っているだけだ」
グリシフィアは無表情になり、俺の顔を見つめている。今までのどのグリシフィアの表情よりも、怒っていることがわかる。やがて魔女は口を開いた。
「あなた、少し変わったわね」
「そうか?」
「いいわ、今回だけはあなたの悪知恵に乗ってあげる」
グリシフィアの黒髪が銀の光を帯びてくる。
「白い月に踊れ、下賤のものども」
グリシフィアの声が響いたかと思うと、舞い上がる炎がさらに勢いを増して天に昇ると、そのまま空に消えていった。後には、燃え盛る炎を両断するように真っ直ぐに道ができていた。
「まあ、こんなところね」
魔女は手のひらで避けた炎を指し、少し胸を逸らして、俺を見下ろした。
「これであなたのようなお馬鹿さんにでもわかったかしら。誰が最強の魔女なのか、ね」
道の先は遥か先まで続き、どこまで続いているのか見えない。改めて、目の前の魔女の魔力に驚いていた。確かにこれだけの魔力を持ってすれば、傲慢にもなるだろう。
「ひとつ聞かせてくれないか」
「何かしら」
「どうしてフィリオリを助けた」
姉の名前を出したものの、200年前のたった一人の人間の名前など覚えているはずもないか。しかし、グリシフィアは友人の話でもするように即座に答えた。
「あのエルフから聞いたのね。彼女が美しいからよ。当然ね、私と瓜二つなのだもの。他の魔女ごときが手を出していいはずがないわ」
どうやらグリシフィアにとっても、同じ顔をしていた姉は特別な存在のようだった。
ノルディン曰く、グリシフィアはフィリオリの言うことを聞いていたという。同じ顔をしていた、というだけではこの傲慢の魔女が人間に従ったりしないだろう。何かが、この傲慢の魔女の関心を捉えたのだ。
魔女は沈黙する俺の顔を眺め、言った。
「何を考えているのかしら。やはり、あなた変わったわ」
「おまえの言うとおり、俺は少し考えを変えたんだ。お前に闇雲に向かっていくのはやめだ」
するとグリシフィアが嘆息して言った。
「とうとう諦めたってこと?」
「違う。逆だ」
魔女の冷たい視線を受け止め、俺が視線を返す。
後半は30分以内に投稿します。




