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68. 血の荒野

 荒涼とした岩地の所々に、まだ雪が残っている。岩と雪を踏みしめながら、俺とフェルマリは西に向かって歩いていた。


「なあ、待てよ」


 声に振り向くと、ドワーフが走って追いかけてくるところだった。追いつくと、息を弾ませながら俺に向かって剣を差し出した。


「使えよ」


 ジルコは押し込むようにして柄を俺の手に握らせた。それは、黒光する鞘に納められた一振りの長剣だった。


「立派な剣だな。こんな貴重そうなもの、俺が使っていいのか?」


「その辺に転がってる死体をみろ」


 行く所々に、背中や頭を砕かれた岩のような肌をもつ蜥蜴たちの死体が転がっていた。この傷跡から、斧や鉄などの強烈な一撃を喰らったのだと分かった。


「ここの魔物相手に、普通の武器じゃすぐ刃こぼれしちまうだろ。だが、この剣がただの剣じゃねえ。ドワーフに古くから伝わる秘伝の製法で作られた、ドワーフ鋼でできているんだ。岩だろうと刃こぼれなく切り裂くことができる」


 俺は剣を黒鞘から抜き放った。歪みのないまっすぐな刀身が青白く輝く。確かに、通常の白金色の鉄の武器とは色合いが違う。


「ありがとう」


「勘違いすんなよ。それはお前に貸すだけだ。この一件が終わったら返してもらうからな……必ず、返せよ」


 けむくじゃらの顔の奥から除く眼に、俺は頷いた。


 ジルコと別れ、俺は再び西に向かう。気が焦って、自然と早足になっていった。その少し後ろを、音もなくフェルマリが付いてくる。 


 進むにつれて、血の臭いが濃くなっていった。


「ランス様」


 フェルマリが緊迫した声をあげる。


 岩場の一角に、おびただしい数のカラスたちが群がっていた。フェルマリがその中心に矢を放つと、カラスたちが一斉に飛び去った。残された一帯は真っ赤に染まっていた。血の臭いはそこから発されているようだ。


「なんですか、これは」


 フェルマリは目にしたものに、絶句していた。それは無惨に潰れた岩蜥蜴たちだった。1体や2体ではなく、10体近くの死体が規則正しく円状に並び、凄まじい力で潰されている。


「これも海賊たちがやったものでしょうか。しかしどうやったらこんな無惨に……」


「人間の力じゃない……グリシフィアだ。奴の月の引力の魔法は、あらゆるものを浮かび上がらせ、あらゆるものを潰す」


 魔女の力は人智を超えている。だがこの所業も、奴からすれば力のほんの一部に過ぎない。


 俺は腰の剣に触れる。ジルコの剣がたとえ岩を切り裂く特殊な鋼の剣だとしても、鉄からできたこの武器ではグリシフィアには通用しないだろう。奴を傷つける可能性があるとすればやはり、真銀ルシエリだけだ。


 俺とフェルマリはさらに西に進む。途中、砂地に出ると、わずかな草が踏み荒らされ、北の方に足跡が見えた。この感じからすると、10人程度の集団が通ったと考えられた。


「山の方に向かったんだ」


「そうですね、火の山に近づけば寒さも和らぎますから」


 少なくともこの時点では生き残りがいる。そのとき、風に乗ってかすかな声が聞こえた。


「ランス様!」


「ああ、確かに人の声だ」


 俺たちは北の方に駆け出す。


 丘の上の方で、必死に逃げている人の姿が見えた。追いかけているのは、先ほどから何度も見た岩蜥蜴だ。だが死んでいるものと違い、その体は燃え盛る火炎の色に発光している。


 人物は背中のパックから何か食べ物を投げ、魔物が気を取られた隙に逃げようとした。だが逃げた先の岩が動き出し、蜥蜴の姿になって牙を剥いた。人物が急転回しようとするが、その背中に岩蜥蜴が飛び掛かる。


 そこへフェルマリの矢が飛んで、焼けた岩でできた胴体にあたった。硬い体に阻まれて矢は通らないが、蜥蜴は怒りの声を上げると、その人物を放ってこちらに顔を向けた。


 その顔に向けて、俺が打ち掛かった。黒い鞘を走らせ、剣を引き抜く。青白く煌くドワーフ鋼の刃が、次の瞬間、蜥蜴の首を切り飛ばしていた。首がずしりと地面に落ち、岩の体が崩れ落ちる。


 俺は勢いそのままにもう一匹に向かった。仲間がやられて怯んでいるその蜥蜴の顎から首にかけて横なぎに両断した。


 刃は岩の体を容易く通り抜け、切り裂いた。その感触に驚いた。


「確かに逸品だ。あのドワーフ、とんでもない刀匠だな」


 もし真銀石ルシエロールさえジルコの元へ持ち帰れば、とんでもない武器が作られるかもしれない。


 蜥蜴を瞬殺した俺に、助けられた人影が縋り付く。


「あああ、ありがとうございますううううう! もうダメかと! やはり神は私をお見捨てにならなかったああああ!」


 見知った顔、(名前は知らないが)神父だった。


 こいつか……。


 俺は小さくため息をついた。


「神父、泣き喚くのは後にしてくれ。どうして一人なんだ? ジョイルや、キャスリンはどうした」 


 俺の問いに、神父がハッとした顔をする。蓋が破れたリュックの中には多量の食料が見えていた。


「ししし、死にましたあああ。みんな魔物にやられてええええ! 私だけ、命からがら逃げてきたんですううう!」


「なんだと?」


 俺は神父の顔を見る。

 

「そそそそれより、ランスさん、どうやってここへ? 海に落ちたって聞いて心配してたんですよおお」


「いろいろあったのさ。それより、お前はどっちから来たんだ?」


「はい?」


「俺はキャスリンを探している。そのためにここまで来たんだ」


「キャスリンさんは死にました! 魔物に食べられたんです!」


「それでもいい!!」


 俺の不意の大声に、神父が尻餅をつく。


「ランス様、こいつは信頼できません」


 フェルマリが警戒している。俺は神父のところに膝を付いて、その顔を見据える。


「俺たちはフェルマリの船でやってきたんだ。もしキャスリンたちの元に辿り着ければ、皆で船に乗って帰れるぞ。お前の罪も問わない。どうだ、案内できるか?」


 神父は泣きそうになりながら、こくこくと頷いた。


「分かったら急ぐぞ」


 焦燥感に胸が灼ける。もちろん、神父の話を鵜呑みにしているわけではない。だが、死んだと耳にすることで、嫌な想像が現実味を帯びて迫ってくるような気がする。


 俺たちは北の、炎を吹き上げる山々に向かって歩き始める。歩いている間ずっと、神父は小声で何かぶつぶつと呟いていた。「このまま戻れば私は…」「いや、でも私がランスを見つけたわけだし」「ああ、私ってば恩人ではないか」「そうだ、私こそが救世主だ!」


「なんて自分勝手な人間でしょう」


 フェルマリが見るからに不快そうな顔をした。だがこんな者の手でも、キャスリンの元に行くために必要なら喜んで手を取る。


 そのとき、フェルマリが不意に顔をあげた。長い耳に手を当てて、


「ランス様、風に乗って何か聞こえます。獣の声……?」


 荒野の向こうから風が運んでくるのは微かな悲鳴と、血の臭いだった。


 思わず、かけだしていた。


 頼む! 無事でいてくれ!


 それだけを願い、翔ぶように駆けた。


遅れてすいません。思ったより時間がかかってしまいました。


今夜中にもう1話、更新します。

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