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67. 獰猛(後)

本日2話(前・後編)更新。


こちらは後編になります。

 炎獅子は苛立った様子で振り返った。


 猫科の特有の細い虹彩が、投石の主に向けられる。その眼に射すくめられ、キャスリンの体が強張った。


 それは捕食される直前の獲物が感じる、本能的な恐怖だった。心臓が暴れ、呼吸が乱れる。魔物の姿は遠くで見るよりもずっと大きく、ずっと恐ろしい。


 でも恐れている暇なんてない! やるしかないんだから!


 キャスリンが次の石を構えて、紐付きの袋を頭上で振り回す。狙いをつけ、再び石を放った。


 だが炎獅子はその巨体で俊敏に横に飛んでそれをかわすと、そのまま一気にキャスリンの方に突進してきた。


 ごおおおおおおおおおお!


 唸り声が一気に近づいてくる。キャスリンは慌てて次の石を袋に詰めるが、獣の動きが疾すぎる!


 みるみる近づく魔獣にキャスリンは慌てて石を放った。だがそれは大きく狙いが逸れ、魔獣の後方に飛んでいった。


 大きく開かれた魔獣の口がみるみる近づいてくる。呆然と立ち尽くすキャスリンの目に、剣のように伸びる大きな牙と、その奥に並ぶナイフのような牙から滴る唾液がはっきりと見てとれた。


 嫌だ……


 キャスリンは震える手で腰のナイフを抜いた。木の実を剥くのに使っていたナイフである。獣の牙一つにも満たないような、小さいナイフだ。


 まだ死ねない!

 だって生きて、またあなたに会うんだもの!


 キャスリンは迫りくる獣を睨みつけ、歯を食いしばった。こんな獣なんかに、負けるもんか!


 そのとき、キャスリンと獣の間に入ったものがあった。獣の牙を剣で受け止め、振り払って弾き飛ばす。


 ラン……!?


「何、人のもんに手ェ出してやがんだ!」


 ……スではなかった。巨漢の海賊が怒鳴り散らす。


「このおっ⚪︎いはすでに約定してんだよ! 傷ひとつ、つけさせねえええ!」


 ジョイルが鎖を頭上で振り回した。


「キャス、離れんなよ。俺の鎖は周りを巻き込んじまうが、そばにいりゃあ安全だからよ」


「……うん!」


 キャスリンがジョイルの腰にしがみついた。


 生き残った二人の海賊もジョイルのそばに寄ってくる。二人はコックと船医だった。顔には血の気がなく、膝がガクガクと震えている。


「もう俺たちしか生きていねえみてえですぜ」


 コックが歯の根が合わない声で言った。


 他の海賊たちは散り散りになり、逃げたところを猛獣に追われて、一人一人確実に狩られ、焼けた肉塊に変えられていた。


 キャスリンを襲った1体が低く唸りながら、正面からこちらの隙を窺っている。そこに右から1体が合流し、さらに左手に2体、獲物を貪るのをやめてこちらに近づいてきている。


「敵はあと5体、こちらの戦闘員は3人か」


 1体はジョイルが先ほど仕留め、喉を切り裂かれて地面に転がっている。俊敏で凶悪な魔物だが、刃が弾かれるような硬い皮膚は持っていない。急所にあたれば、普通の生き物と同じように死ぬようだ。


「せ、せ、戦闘員って、あっしは本来、コックなんですけどねぇ!」


「俺も船医だよ! あーあ、ここで死ぬのかよお!」


 二人とも、泣きそうな声だった。手に持った斧が震えている。


 確かにこいつらには荷が重いか。ジョイルが冷静に考える。


 いや、戦う前からわかっていたさ。このノースティアの化け物にとって、武装した人間などただの狩りの獲物でしかない。まともにやりあえるのは、自分だけだということはわかっていた。


 ジョイルは生まれつき、自分が他とは違うことを知っている。恵まれた体格と怪力、身につけるまで数年かかると言われた鎖の技術も1年でそれなりに使えてしまった。自分は特別な存在なのだと考えるようになり、周りもそんな自分をもてはやした。


 どんなことでも、なんとかなるし、なんとかしてきたのだ。


 だが、この呪われたノースティアでは勝手が違った。大勢の部下を失い、追い詰められ、そして今、勝ち目のない戦いで追い詰められている。逃げることもできない。


 他の二人は戦力として期待できない。

 だが自分一人では残りの5体を仕留めることなどできるだろうか。


 もっと鈍足だったあの赤熱蜥蜴サラマンダーにすら、おくれをとってしまった。あのときだって、グリシフィアが気まぐれに助けなければジョイルは死んでいた。そして目の前の魔物たちは、あの赤熱蜥蜴よりも素早く、強い。


 いや。


 ジョイルが腰にしがみついている小さな女に思いを馳せた。




 彼女を初めて見たのはランスの付き添いとして入船試験のことだった。


 あの時は可愛いな、くらいに思っていただけだった。だが一緒に行動をするうち、目で追いかけるうちに、なぜかこの女のことがどんどん気になっていった。


 それは生と死の極限状態における、何かの勘違いなのかもしれない。だが、そんなことどうでもいい。


 今はただ、この女に死んでほしくない。


 もし俺の命と引き換えになろうとも、この女を守りたかった。




「おい、キャスリン」


 ジョイルの呼びかけに、キャスリンがこちらを見上げた。意志の強そうな瞳は出会った時から変わらない。でも知っている。その奥には普通の娘のように、揺らいで怯える心を隠していることを。


「何よ」


「もし無事にノースティアから帰れたらよ」


「また、おっ⚪︎い? 言っとくけど、あたし承諾したわけじゃないからね」


「それもだけどよ」


 ジョイルはただ、自分の感じる想いに従うだけだ。今までも、これからも。だから次の瞬間、声に出していた。


「帰ったら結婚しよう、キャスリン」


「は?」


 思わず聞き返したキャスリンの声と同時に、ジリジリと包囲を狭めていた獣たちが一斉に飛びかかってきた。


 ジョイルが鉄鎖を横に振るい、鎖の先の剣が光の線を描く。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


次回の更新は月曜になります。

同じ時間くらいに挙げられると思います。

お付き合いいただければ幸いです。

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