66. 獰猛(前)
本日も前後編になります。
「魔物だ! すまねえ、見つかっちまった!」
おおおおおおおおおおおおおおおおお……
唸るような猛獣の遠吠えが聞こえる。
荒地の方で、数体の猛獣に追われて、一人の海賊が逃げているところだった。
だが猛獣の方は疾く、あっという間に追いつかれて飛びつかれ、組み伏せられる。そのまま数匹の猛獣が集まり、海賊の体に噛みついた。風に乗って断末魔と、血の臭いが運ばれてくる。
「また手強そうなやつじゃねえか」
獅子のような姿だが、首の周りについたオレンジの立髪はゆらめく炎だった。それぞれ四つ足にも関わらず立った成人くらいの大きさがあり、口には巨大な湾曲した牙が生えている。
炎獅子のうちの1匹がこちらに気がつき、遥か遠くのジョイルと目が合った。
獅子たちが獲物を放って駆け出してくるのと、ジョイルが坂を駆け降りるのは同時だった。
「魔物だ! 野郎ども、武器を取れ!」
海賊たちが斧や剣などそれぞれの獲物を持ち、洞窟の外に出る。キャスリンも飛び起きて、ジョイルの元に駆け寄ってくる。
「おめえは洞窟の奥に引っ込んでやがれ!」
ジョイルが怒鳴りつけた。その声に余裕はない。
キャスリンは言われた通り、洞窟の奥に戻って自分のリュックを開けると、ミッドランドでの船出前にランスから渡されたものを取り出した。ロープの先に袋がついた、簡単な投石器だった。
ランスの言葉を思い出す。
「一応はキャスも武器を使えた方がいい。これならキャスでも少し練習すれば使えるだろ」
袋に石を詰め、振り回したロープの遠心力で投げる投石器だった。単純な作りではあるが、手で投げるよりもずっと強く石を飛ばすことができる。
キャスリンは飲み込みが早かった。飛ばした石が、木で作った的を弾き飛ばす。
「見て見て、また当たったわ! 私、天才なんじゃない?」
「あんまり調子乗るなよ。基本、キャスは戦わないで逃げるんだぞ。どうしようもない時だけ使うんだ」
「はいはーい」
そのどうしようもない時になるかもしれない。拾っておいた石とスリングを抱え、洞窟の中から外の様子を伺った。本来、海賊たちが戦っているのに自分だけが隠れているなんて性に合わない。
見ててね、ランス。お姉ちゃん、頑張るよ。
丘の上からジョイルが見下ろす。荒野を猛烈とかける炎獅子たちはみるみる近づいてくる。とんでもないスピードで、すぐにこちらのいる丘の上まで辿り着くだろう。
「疾え疾え。こりゃ人間の足じゃ逃げらんねえな。野郎ども、腹を括れ!! 戦って勝つしか、生き残る術はねえぞ!!」
「おお!!」
魔獣の数は6体。こちらの戦闘員はジョイルと海賊A〜Fと合わせて7人。数ではほぼ互角だが———獰猛なあの魔獣相手に海賊たちでは荷が重いだろう。
左手に剣を、そこから伸びる鎖を右手に、ジョイルが仁王立ちになった。足に体重を乗せると痛みがあるが、立って武器を振るうのには問題はなさそうだ。背中にはキャスリンのいる洞窟がある。
荒野をかける勢いそのまま、魔獣が丘の上に駆け上がってくる。
数メートルまで迫った先頭の炎獅子に、ジョイルが鎖を振るい分銅を飛ばした。その直撃を受け、炎獅子が転倒する。だが構わず、残りの5体が突っ込んでくる。
1匹の牙をジョイルが鎖で受け止めた。
残りの4体を6人の海賊が迎え撃つが、突進の勢いで一人が地面に伏せられる。その首に猛獣の長い牙が食い込み、そのまま海賊Aの体を持ち上げ、他の海賊たちに向けて投げつけた。それを慌てて避ける海賊たち。勢いよく地面を転がるAはすでに死体になっていて、その体からは煙が上がっている。
怯んだ海賊たちに、他の2体が飛びかかった。
「くそがあああああ!」
海賊たちの叫び声が響き渡る。海賊Bが無我夢中で剣を振り下ろすが、それを炎獅子の長い牙が受け止めた。鉄製の剣の一撃を受けても、牙はびくともしない。魔獣はそのまま剣を咥えとって噛み締めると、剣は飴細工のように砕けた。
「ダメだ、武器を取られた!うあああああ!」
逃げ出す海賊Bの背に炎獅子が飛びかかる。それを庇おうと二人の海賊C、Dが立ち塞がるが、突進を受けて二人まとめて弾き飛ばされる。
飛ばされて転がったCの上にもう一体の別の猛獣が覆い被さり、肩に噛みついた。Cは精一杯の抵抗をするが、繰り返し噛みつかれ、やがて動かなくなり、噛みつかれたところから炎が上がった。焼けていくCの肉にそのまま、猛獣がかぶりつき貪っていく。
「うああああ! よくもてめえええええ!」
一瞬にして二人の仲間を失った海賊Dがパニックになり、貪る猛獣に撃ってかかった。だが、横から別の一体が飛びつき、Dの体を跳ね飛ばした。そのまま2体がDに飛びつく。
断末魔と血が舞うその光景を、最初に武器を失った海賊Bが立ち尽くしてみている。その背後からもう1体がBに近づき、Bは振り向いて目が合うと子供のように叫び声を上げた。
「もうやだああああ! いやだああああ!」
泣き喚きながらBが走る。そこに猛獣が先回りし、前足で弾き飛ばした。Bの体は地面に転がされ、Bは四つ這いのまま必死に逃げた。しかし猛獣は飛びかからず、その後をゆっくりと歩いてついていった。牙のついた口が大きく横に裂け、まるで笑っているように見える。
そのとき、ひゅっと石が飛んできて、炎獅子の頭に勢いよく当たった。額が割れて、血が流れる。
がああああああ……!
猛獣は苛立った様子で振り返った。
立っていたのはキャスリンだった。
後編は1時間以内に投稿します。




