65. あくび
本日2話更新。
本章は2話目になります。
船のコックが、リュックの中身を広げる。塩漬け肉や乾燥果物、乾パンなどだが、10人が食べるには心許ない。
「食べ物! 食べ物があるのですか!?」
うずくまっていた神父が顔を挙げて肉に飛びついた。それを海賊の一人が蹴り飛ばす。
「貴重な食料だって言ってんだろうが! 水と食料も明日まで。節約してもせいぜい2、3日でなくなっちまう」
「寒さに関しちゃ、このへんはちったあマシみたいだが」
「とりあえず朝を待つ」
ジョイルが海賊たちを見回して言った。
「朝になったら船に戻るぞ。あの半魚人たちと戦闘になるかもしれねえが、明るい場所だったら簡単に蹴散らせるだろう」
海賊たちは神妙に頷いた。生き残った7人のうち、船医が一人にコックが二人混じっているが、彼らも元々は海賊だ。いざとなれば斧を取って戦う。
「船を取り戻したらそのあとはどうしやす?」
「そりゃ、決まってんだろ。俺たちは何者だ?」
ジョイルがニヤリと笑った。
「この島には、あのエルフのフェルマリの村があるはずだろ。そこを襲って食料を手に入れよう。ノースティアの島の地図は俺の頭ん中にある。あの女も船でミッドランドまで来ていたことを考えりゃ、どこかに港があるはずだ。それを探す」
「なるほど、そりゃあいいや」
海賊たちが沸き立つ。
「魔物と比べりゃ、人間を襲うのは楽でいい。いつもやってることだしな」
「そういうことよ」
部下たちの反応の満足したように、ジョイルが笑った。そこにキャスリンが詰め寄る。
「ちょっと待ってよ、村人たちを襲う気なの?」
「おうよ」
「みんな、満身創痍じゃない。戦うより、素直に助けを求めるべきじゃない?」
「おいおい、わかってねえな。周りを見てみろよ」
ジョイルを囲む、屈強で人相の悪い男たちが並んでいる。
「俺たちのような悪そうな奴らが、助けてもらえるわけねえだろ」
「それはそうだけど……」
確かにキャスリンが村人でも助けないかもしれない。
「俺たちはどこまで行っても海賊だ。けどおまえは違うだろ。俺たちに捕まってたことにして、助けてもらえ」
「私だけ、助かれというの?」
キャスリンが睨みつけ、ジョイルが苦笑した。
「そうだよ、死んでも守れと約束しただろ?」
「約束?」
一瞬考えてから、あっと気がついて胸を押さえた。
「あんた、あれマジで言ってたの?」
「おおマジマジ。大マジだよ。無事に帰ったらおっ⚪︎い見せてもらうからな」
「なんだなんだ、船長」
「あんただけずりいなあ。俺たちだって命かけてるんだぜ」
他の海賊たちが囃し立てる。キャスリンは赤面して背中を向けた。
「ほんと馬鹿ばっか!」
キャスリンの声に海賊たちが口笛を吹いて、大声で笑う。さっきまでの辛気くさい空気はすでになくなっていた。
簡単な食事の後、見張りを交代で立てて、眠りにつくことになった。キャスリンは洞窟の一番奥の空間をあてがわれた。隣ではジョイルが大口を開けて眠りこけている。キャスリンがその頬を引っ張ってみるが、まるで起きる気配がない。
「ぜんぜん緊張感ってもんがないわね。いつ魔物に襲われるかわかんないっていうのに」
バカで行き当たりばったりだが、この男の明るさに救われているのも事実だった。
目を瞑る。
疲れているはずなのに、あまり眠れそうにない。
ふとグリシフィアのことを思い出した。
今頃は彼女も眠っているのだろうか。
この果てしなく続くような夜の荒野のどこかで、彼女は一人、どんな気持ちで眠りについているのだろう。
そのとき、キャスリンの体が後ろから抱きしめられる。驚いて目を開けると、ジョイルだった。
「ちょっとあんた、ついに見境がなくなったわね」
海賊の顎に手を当てて引き離そうとして、その目がつぶられていることに気がついた。むにゃむにゃと口を動かしてから、
「母ちゃん、謝るから、メシに……してくれよお」
キャスリンは寝息を立てているジョイルに呆気にとられた。
「ママの夢でも見てるのかしら。まるででかい子供なんだから」
馬鹿力で、引き離すのも大変そうだった。それにキャスリンだって疲れている。
ま、いっか。くっついてた方があったかいしね。
「おーよしよし」
キャスリンがジョイルの頭を撫でてから、あくびをした。急に眠くなってきて、そのまま海賊の大きな肩にもたれかかって目を瞑った。急激に意識が闇に落ちていく。
「船長!」
緊張感のある海賊の声でジョイルが目が覚ました。それはコックを務める男だった。
「神父の野郎がいねえ!」
「え、神父? ふーん、別にあんなやつ、どうだっていいじゃねえか」
ジョイルが体を起こそうとすると、自分の胸のうちで寝ているキャスリンに気がついた。よほど疲れているのか、起きる気配はない。
「あらあら、可愛い寝顔だこと」
起こさないようにゆっくりと体を避けて、自分のマントをかけてやった。
「ぼんやりしてる場合じゃねえんですよ! 神父は食料をたんまり持っていきやがった!」
「あんだと?」
そういうことかよ。
見張りをしていた海賊が申し訳なさそうにジョイルの元にくる。
「船長、すまねえ。トイレに行きてえっていうから、行かせちまった。食料を盗んでるなんて知らなかったから。今、二人が手分けしてやつを追いかけてる」
「ったく、あのくそ神父。一人で生き残れると思ってんのかよ」
ジョイルが外に出る。小高い丘から周囲を見渡した。
晴天だった。眼下には、岩肌に草がまばらに生えた荒地が広がり、その先に海岸線が広がっている。振り返れば炎を上げる山々が広がっている。そして自分に向かって駆け上がってくる部下の海賊が目に入った。
「船長!」
「騒々しいな、今度はなんだよ」
「魔物だ! すまねえ、見つかっちまった!」
次回は木曜の更新になります。




