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64. ひとり


「きっとすぐに、あなたにもわかるようになるわよ」


 キャスリンが笑った。


 グリシフィアは笑わない。なんだか面白くなかった。


「あなたも私が何も知らないと思っているのね」


「ふふ、さあて、どうかしら」


 グリシフィアが少し考えてから、


「やはりあなた、フィリオリと似てないわ」


 と言った。




 それから、どれくらい歩いただろうか。


 斜面は緩やかな上り坂になり、炎を吹き上げる山々が近づいてくる。


 風がかすかな硫黄の臭いを運びながら、キャスリンの栗色の髪を吹き上げた。


「少し暖かくなってる気がする」


 風に手を当てて呟く彼女の後ろには、配下の肩を借りながら、船長ジョイルが歩いていた。そこへ先行していた海賊が戻ってきた。


「お頭!」


「どうした、何か見つけたか」


「向こうの丘の方に洞窟を見つけやした。あそこの中なら、なんとか風は凌げるかと」


「そうか、魔物の気配はどうだ」


「入るときにコウモリが飛び出してきたくらいで、あとは何も」


「よし、でかした。洞窟に向かう」


 海賊の案内によって丘に向かうと、急な岩肌の斜面にぽっかりとあいた天然の洞窟があった。洞窟の中はすぐに行き止まりで、大きく開いた入り口は風を完全に防いでくれるわけではないが、それでも外にいるのとは大きな違いだ。


 一同はジョイル、キャスリン、神父、そして他の海賊は7人と、一行はちょうど10人まで数を減らしていた。洞窟の中は全員が入ると、やや手狭な感じがする。


 そこでキャスリンが気がついて、一同を見回した。


「グリシフィアがいないわ」


 探しに洞窟の外に出ると、グリシフィアは洞窟の外で西北の方角、山々と噴き上げる炎を見上げていた。


「あなたは中に入らないの?」


「冗談でしょ。あんな狭くて男臭いところにいられるものですか」


「でも凍えてしまうわ」


「凍えて死ねるのなら、何も苦労はないのだけれどね」


 魔女がふっと笑った。


「さて、お別れよ。私はもう行くわ」


「行くって、どこへ?」


 グリシフィアが指差すその先に、周囲より一際高く尖った山が見える。


「あれは霊峰フロストピーク。その麓に、島の中央に続く道があるわ」


「中央って、まさか」


 山々の向こう、そこには200年燃え続けている場所ではないか。キャスリンの顔を心中を見透かして、グリシフィアが言う。


「炎も氷も、私にはなんの意味もない。私は永遠に生きる魔女だから」


「あなたはどのくらい前から生きているの?」


「さあ、わからない。わからなくなるほど、ずっとずっと昔から」


 永遠の時を生きる。それはどんな気分なのだろう。


 夜の荒野で風に吹かれているグリシフィアを見て、キャスリンはなんだか悲しくなった。


 だがキャスリンの心情などまるで気にもせず、グリシフィアが告げた。


「私は霊峰の麓にいるわ。ランスに会ったら伝えてくれるかしら」


「ランスに会ったら……」


「あら」


 押し黙ったキャスリンを見て、グリシフィアがふっと笑った。


「信じているのではなかったの?」


「そう……そうよね。うん、わかった。伝えるわ」


真銀ルシエリを求めるなら、霊峰へ」


 グリシフィアが満足そうにして、両手を地面に向かって広げると、その身体がふわりと浮いた。


「グリシフィア!」


 キャスリンが呼び止める。


「あなたにもう一度、会えるかしら!」


 グリシフィアは意外そうな顔をしてから、言った。


「あなたはもう私に会わない方がいいわ。だって私は」


 グリシフィアの身体が上昇し、月夜に浮かぶ。


「傲慢の魔女グリシフィアだもの」


 そして、その姿はすぐに夜の闇に消えた。




「もう会わない方がいいですって?」


 キャスリンがつぶやく。


 まるでランスみたいなことを言うのね。


 ランスとグリシフィアの間には何か、特別のものがあるのだろうか。


 でも弟は生まれてからずっと、キャスリンと一緒に育った。だからグリシフィアとだって、この件からの初対面のはずなのだ。なのにどうしてか、二人はずっと昔からの知り合いであるような感じがする。


 あの黒い荊といい、弟には何か、魔女と関わる秘密があるのだろう。


 でも、そんなこと関係ない。


 ランスは私の弟だもの。それだけは確かなことなのだから。




「嬢ちゃん、どうした。寒いから中に入りな」


 キャスリンに気づいた海賊が声をかけてきた。彼女は頷く。


 再びランスに会えることを信じて、とにかく今は生き延びなくてはならない。


 洞窟の中では海賊たちが焚き火を囲んで、休んでいた。皆、顔に生気がなく、あるものは震え、あるものは頭を抱えている。


 ジョイルは座って、赤熱蜥蜴に噛まれた足を投げ出し、配下と傷の具合を見ている。洞窟内に入ってきたキャスリンに気がつくと、「入り口の方は寒いだろ、こっちこいよ」と手招きした。


「傷の具合はどうなの?」


「結構ざっくりやられたと思ったがよ、思ったほどじゃねえかな」


「いえ、酷いものですよ」


 ジョイルの足をみているのは、海賊お抱えの船医である。


「裂傷に加えて酷い火傷です。ですが、皮膚が焼けて固まったことで出血もさほどではないようですね。今のところ毒や感染症などもないようです」


 針と糸で傷を縫い合わせ、包帯を巻いていく。さすがにジョイルは痛みから肩で息をしていたが、部下たちの手前、鼻の穴を膨らませながら痩せ我慢していた。


 傷の手当てが終わると、座ったジョイルの周りに海賊たちが集まりあぐらをかいた。


「さてお頭、これからどうするよ。もうお宝ルシエリを探すどころじゃねえだろ」


「俺たちを連れてきた魔女はどっか行っちまったし」


 海賊たちは皆一様に疲れ、暗い表情をしている。仲間の多くはすでに命を落とし、自分たちも、この魔物の住む島で明日生きていられるかもわからない。


本日も、もう1話更新します。

よろしくお願いします。

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