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63. 信じる、信じたい(後)

本章は前後編の後編になります。

「とにかく船に戻ろうにも、半魚人どもがいるからな。あいつら無限に湧いてきやがる。とりあえず夜が明けるまで、どこかでやり過ごす」


 風が吹きつけ、キャスリンが自分の体を抱いた。


「うー、寒い! このままだと凍えて死んじゃうわよ」


 そして燃え盛る山の方を見上げた。


「あっちは燃えているのにね。とにかく山の方に行けば暖かいんじゃない?」

 

「さっきの蜥蜴のような火の化け物がいるかもしれねえが、まあここにいても凍えて死ぬだけなだしな。オーケー、山の方に向かおう」


 ジョイルが承諾し、周りの海賊たちも頷いた。


 それから、闇夜の行軍が始まった。背後の海からは冷たい風が容赦なく吹きつけ、一同はなるべく風の影響を減らすべく、固まって歩いた。山へ向かう地面は隆起が多く、暗いところの突然の窪みに何度も足をとられた。


 グリシフィアも髪をはためかせながら、一団の少し後ろをついてきている。キャスリンはグリシフィアのところまで行くと、兼ねてからの疑問を尋ねた。


「しかしお嬢様、そもそもだけれど、このノースティアへ来ることを言い出したのはあなたでしょう? その……ええとなんとかっていう銀はそんな貴重なものなの?」


真銀ルシエリね。さあ、どうかしら」


「どうかしらって。もしかして、あまり興味がないの?」


「そうね」


「じゃあ、どうしてこんなところまで来たの? 観光?」


 グリシフィアがふっと笑って、キャスリンに目を向ける。


「観光ね。まあ、そんなものかもしれないわ。どうだっていいのよ、理由なんて。いちいち、理由なんて考えていたら疲れてしまうわ」


 永遠を生きる魔女はそう言い、「あ、ただ一つ」思いついたように言った。


「ただ一つ?」


「遠い昔、この島で純正白のドレスを見たことがあるの。この世で最も白いと言われる雪白蝶の絹糸で編んだドレスよ。それが目的だったわ」


 キャスリンが魔女の黒い出立を頭から足元まで見て、パッと笑った。


「それを着たあなた、きっと綺麗でしょうね」


「そうかしら」


 グリシフィアが意外そうな顔をする。


「あなたの弟は、私に白は似合わないだろうと言っていたわ」


「ランスがそんなこと言ったの!?」


 キャスリンがムッとした。


「女性にそんなこと言うなんて、あいつほんと無神経なんだから! 次に会ったら説教してやら……」


 そこでキャスリンが口をつぐんだ。ランスがもうこの世にいないだろうことを思い出したからだ。


 だめだ、今はそのことを考えるな。ランスのことを考えると、歩みを止めてしまいそうだった。


 でも、だ。元々、この島へはランスと離れたくないがために無理を言ってついてきたのだった。その彼がいなくなってしまったのだったら、私がここにいる理由はなんだろう。


「あなたの方こそ、どうしてこんな島に来てしまったの?」


 胸のうちを見透かされたかのようなグリシフィアの質問に、キャスリンがハッとした。


「どうしてって……」


「あなたこそ、真銀ルシエリがほしいようにも見えないし、こんなところに来る理由がわからないわ」


「そうね」


 その通り、私がここにいる理由はない。今、必死に生きようとあの山に向かっているが、けれど生き延びたとしても、ランスはもういないのだ。


 でも、信じられない。信じたくなかった。


 ランスが海に落ちたところを見たわけじゃない。死んだところを見たわけじゃない。だったら、わからないじゃないか。生きれいれば、ランスにまた会えるかもしれない。


 そのキャスリンの表情を、グリシフィアがじっと見ている。そのことに気がついて、キャスリンが怪訝けげんな顔をした。


「どうしてそんなふうに見るのよ」


「あなたを見ていると、あの娘を思い出すわ」


「あの娘?」


「ランスは死んだと決まったわけではないわ」


 質問には答えずにグリシフィアが言った。その途端、キャスリンの顔がパッと輝く。だが、次の瞬間にはまた沈痛な面持ちに変わった。


「ありがとう、慰めてくれているの?」


「慰めじゃないわ。ランスはね、ただの人間ではないの。魔力的なものだから、なんとなくわかるのよ」


 海に落ちた時、荊の紋様の魔力を強く感じた。半魚人と共に沈んだ海の中で、荊の紋様の魔力が解放されるのを感じた。少なくともあの瞬間は生きていた。そのまま流されてどこかへ行ってしまい、この極寒の地で生きていられるかは怪しいものだが、それでも死んだとは限らない。


「信じていいの?」


「どちらでも構わないわ」


「そう……でも私もね、ランスとはまた会える気がするの」


 キャスリンが胸を抑えて言った。


 そう、こんなところで死ぬわけがないんだ。


 旅芸人の一座として各地を回っていたあの頃を思い出す。キャスリンもランスも、一座の座長に拾われた孤児だった。初めて会った時からランスは無愛想で、自分からは何も話さず、何を考えているかわからない、変な弟だと思っていた。それでも家族として、みな仲良く、支えあって暮らしていたのだ。


 だが平和だった時は、当然の野盗の襲撃によって終わった。兄のように頼れるウィルが殺され、私も馬車から引き摺り出されて襲われる寸前だった。


 さらに悪夢はそれだけではなく、墓地から死体が蘇って、私たちを襲い始めた。死んだはずのウィルまで動き出し、私は彼の剣で殺されるところだった。それを救ってくれたのが、ランスだった。


 でもウィルの死体の首を刎ねた弟に、私はひどいことを言ってしまったのだ。


 人殺し。


 そのときの、ランスの泣きそうな顔が忘れられない。でも弟はそれでも、私に言ってくれたんだ。


「頼むよ、姉さん」


 初めて、私を姉と呼んでくれた。そして、その時にわかったんだ。


 弟は決して無愛想なんかじゃなかった。けれど、私にはわからない何かの事情で、ずっと無愛想なふりをしていたのだって。そして彼は、それを誰にもいえずに一人で抱えていたんだって。


 だってあの悪夢のような夜、黒い荊に包まれた弟は、自分のことを化け物と呼ぶ弟は、優しい目で私を守ろうとしてくれたもの。


「またきっと会える」


 そう信じる。信じたい。


 その様子が、グリシフィアにかつての記憶を呼び起こした。


 自分と同じ顔をした、白銀の髪をした娘のことだ。


「あの娘もあなたのような顔をして、ランスのことを追いかけていたわ」


「え!? ランスを? あいつにそんな子いるの?」


「でも私にはわからないの。彼女に言われたわ、私は何も知らないのだと」


 グリシフィアが遠くを見たまま、続けた。


「なぜかしらね、あなたと彼女はまるで別の顔なのに」


 似たものを感じてしまう。

 

 そして同じ顔をしているはずのあの子に、私は似ていない。


 そこでキャスリンがははーん、とした顔をする。今度はグリシフィアが怪訝な顔をした。


「どうして私をそんなふうに見るのかしら?」


「なんか、私はわかる気がするわ。お嬢様、きっとね、それはすごく簡単なことなのよ」


 キャスリンが笑った。


「きっとすぐに、あなたにもわかるようになるわよ」


次回は月曜更新になります。


よろしくお願いいたします。

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