61. 残骸(後)
やがて廊下の突き当たりにあるドアが半開きになっている。この先は食糧庫だ。
その先で、ガサガサっと音がした。フェルマリが俺を見て、静かに頷く。
いつでも剣を抜けるようにしながら、俺がドアを蹴り開ける。途端に、中から黒いものが飛び出してきた。床を蠢くそれに、俺が後ろに飛び下がる。
「ちゅうちゅう!」
中から飛び出してきたのは数匹のネズミだった。部屋の中には他に生き物の気配はなかった。
「驚かせやがって」
思わず大袈裟に飛んでしまった。多少の恥ずかしさを誤魔化し、俺は松明を部屋にかざした。
中はヘドロだらけで、食料は無惨に食い荒らされている。
「半魚人の仕業でしょうか」
「そうかもな」
少なくともジョイルたちはこの船にはいないようだった。半魚人に襲われ、船を廃棄したのか? だがこの様子を見るに、ろくに食料も持ち出せてはいないだろう。
俺たちは元の船に戻り、再び航行を再開した。
ノースティアという島の形は大雑把にいうとやや横が広い楕円形をしており、ノルディンたちの村がその東側にあり、そこから海岸沿いに南下し、時計回りで航行している。
やがて、切り立った崖がやがて大きく弧を描いて窪んだ場所が見えてくる。
「あれが、私たちが落ちた入り江です」
この入江は南東部にあたる。そのまま上陸せず、湾岸沿いに船を進め、まずは船上から人の気配を探った。
「ランスさん! 見てください!」
高台にいる見張りが俺に声をかけた。梯子を上り、見張りが指差す方向を見る。
陸地に何やら黒く焦げたものや、岩のような化け物、そして武器が散乱している。目を凝らすと、黒いものが人の死体だと気がついた。心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。
「上陸できる場所はあるか?」
俺はつとめて冷静に船乗りたちに聞いた。しかし心臓の高鳴りは抑えられない。
船はゆっくりと海岸に近づいていく。気持ちだけがはやり、俺の足は浮き足だった。横付けされ、陸に板を下ろすや否や、俺は船から駆け降りた。吐き気がするが、船酔いのせいだけではないだろう。
黒焦げの死体を見て、見覚えのある顔だと気が付く、
「バラグ……と言ったか」
確か、ジョイルの船の副船長だった男だ。最後まで勇敢に戦ったのだろう、焼けこげてなお、その手には斧が握られていた。入船試験のときに、厳しい目で見られていたことを思い出す。
だが、非情な男というわけではなかった。俺は軽く黙祷を捧げ、周囲の惨状に目を配る。
まず目についたのが、岩のような体をした巨大なトカゲたちだった。だがそのほとんどが、頭や背中を叩き割られて絶命している。それから、バラグのように焼けこげた死体がいくつも周囲には転がっていた。
「誰か! 生きているものはいないのか!」
思わず俺は叫んでいた。声がこだまするが、返ってくるのは海からの風の音だけだ。
「キャスリン! いないのか!」
俺は叫びながら、歩き出そうとした。その手をフェルマリが掴む。
「ランス様、お静かに! ここはすでに魔物の住む領域です。どこから魔物が寄ってくるかわかりません!」
「しかし……」
気が焦る。
心のどこかで楽観視していたのかもしれない。正直なところ、半魚人レベルの危機であれば、なんとかなると思っていた。
しかし目の前に広がる光景は、想像を超えた惨憺たるものだ。砕けて散らばった斧の破片、点在する生々しい血痕。焼けこげて手足が曲がったまま固まっている死体は一つや二つではない。
「赤熱蜥蜴と戦ったのでしょう」
フェルマリが口唇を噛んで言った。その体が震えている。
俺は罪悪感に押しつぶされそうなエルフの肩に手を置いた。
「必ず、生き残りはいる。探すぞ」
フェルマリが泣きそうな目でこちらを見て、こくりと頷いた。
血痕が西の方角に伸びているのを発見し、地面を探るとところどころに足跡を見つけた。無事に逃げれたものもいるかもしれない。いや、いるはずだ。この先にキャスリンがいるのだ。
俺は残酷な想像を頭から振り払い、船員たちの方を向いた。
「ここからは俺一人で……」
その途端、フェルマリが俺の胸に飛び込み、体に腕を回した。しがみつく腕の力から、決して離れようとしない意思を感じる。
「ランス様、約束しました」
「俺と……フェルマリで行く」
そんな様子を見ていたドワーフが頬の髭を掻いた。
「お熱いことで。だが俺は行かないぜ」
「ああ、それでいい。もし船にも魔物が出れば……頼む」
「おいおい、俺は戦闘員じゃないぜ。まあいいか、昼間は半魚人が出ないはずだからな」
言いながら、俺に皮袋を渡してきた。
「危なくなったり、迎えが欲しかったらこれに火をつけな。緑色の煙が上がる」
「わかった、ありがとう。フェルマリ、というわけだから、もう離れてくれ」
俺の声に、フェルマリがゆっくりと離れた。
「ランス様はすぐに約束を忘れてしまうようですね」
「そうだな、気をつける」
答えると同時に、俺は西に足を向けた。
フェルマリの村とは違って、景色にはゴツゴツとした岩肌が多く、草木も少ない。北側には相変わらず、炎を上げ続けている山々が見える。
「無理すんじゃねえぞ!」
ジルコや船員たちの声を背中に、微かな足跡をたどりながら、俺とフェルマリは西に向かった。
次回は木曜更新になります。
よろしくお願いいたします。
※新しく、挿絵を入れました。
(OP、グリシフィア、フィリオリ、リーヴェルシア、フェルマリ関連)




