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60. 残骸(前)

長いので前後編に分けます。


後編も1時間以内に投稿します。

「すいません、私がいければよいのですが」


 まだ薄暗い出立時、カイルが申し訳なさそうに言った。


「いや、そういうわけには行かないさ」


 カイルは数少ない王家の血を引くものだ。危険な旅に同行させるわけには行かない。

 

 本人は行けなくとも、選ばれた船員たちは村で選りすぐられたもので、経験の多い船乗りたちが12名、同乗して船を動かしてくれている。これだけでも、十分過ぎるほどに世話になっている。


 村から船が出て、2時間程度経っただろうか。


 窓に嵌め込んだ木の板の隙間から、日の光が刺してくる。

 

 俺が重い頭を上げてベッドから体を起こすと、薄暗い船室の椅子にフェルマリが座ってこちらを心配そうに眺めていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


 俺はよろよろと窓の方に歩いて窓を開けると、そこから身を乗り出して吐瀉物を吐いた。相変わらず、船酔いに苦しめられている。


「もう朝か」


 水平線の向こうから日が昇り、すでに空は青い。快晴であった。


「ランス様、辛そうです。肩をお貸ししましょうか?」


「必要ない」


 正直言って、この情けない姿を見られたくはなかったが、フェルマリが側を離れないと言うから仕方がない。


「これが君の聞いていた英雄譚の現実だよ。幻滅したか?」


「いえ」


 フェルマリが首を振り、優しく微笑んだ。なぜか少し嬉しそうにしている。


「たとえ何度生まれ変わろうと、あなたも人間だということですね」


「その通りだ」


 生まれ変わるたびに、年齢だけでなく、筋力や体質、体力はリセットされる。ただ知恵や記憶と、額の荊の紋様だけが受け継がれるのだ。


 俺は船室のドアを開けて外に出る。

 北国の潮風が顔に吹きつけてくる。

 

 冷たい風は故郷のノースティア時代を思い出し、むしろ心地よい。

 まだ外にいた方が船酔いの気がまぎれるかもしれない。


「よう、英雄さん。気分はもういいのか?」


 ドワーフのジルコが俺に気がついて話しかけてくる。


「よくはない。だが外にいた方が紛れるから」


「しかし噂に聞いてた英雄が船に弱いなんてなあ。なんだか心配になってきたぜ。勢いでついてきちまったが、本当に大坑道に行く当てはあるんだろうな」


「どうだろうな」


「それによ、村からも見えただろう。あの坑道の上空を飛んでいた炎の渦」


「イフリートか」


「あの渦を纏っている魔人には、近づくことすらできねえ」


「前途多難だな」


 正直、勝算なんてものはない。だが真銀ルシエリを手に入れるために炎の魔人(イフリート)を倒す必要があるのならば、やるしかない。


「そんな他人事みたいによお。勝ち目あるのか?」


「わからない」


「わからないって、お前よお」 


「だが勝てる見込みがないからと、避けていては一生、わからないままだ」

 

 そう、わからないことだらけなのだ。イフリートだけでなく、魔女のことも、この世界のことも。俺は今までグリシフィアだけを追いかけて、周りをろくに見ていなかった。


 だからまずは見ることだ。たくさんのものを見て、考える。


「やれやれ、気楽なもんだぜ。お前は死んでも生き返るんだからいいよなあ」


「そうだな」

 

 その通りだ。だからもし、炎が開けることがあったなら、大坑道には俺一人で行くつもりだった。もう誰も巻き込みたくはない。


 気配を感じて振り向くと、そこにフェルマリがいて、無言で小指を手で包んでみせた。「もう私を置いていかないこと」。先ほどの約束を言っているようだった。


 多分、フェルマリは俺が炎の渦に飛び込もうと、ついてきそうな予感がある。つまり、俺自身も簡単には、炎の渦には飛び込めないということだ。


 さらに2時間近く経った頃、見張り台の男が何やら大きく叫んだ。


「船が見えます!」


 海原に、獰猛な海賊旗を掲げた船が漂流していた。


 ジョイルの海賊船だ。


「海賊たちが乗っているのでしょうか」


 フェルマリが表情を固くしている。彼女が半魚人の入江に誘導し、俺たちは襲われたのだ。心情は複雑だろう。


「どうかな。ただ、ジョイルはどうしようもなくバカな野郎だが、実力はあるやつだ。いかに魔物と遭遇しようと、簡単にはやられないさ」


 俺の言葉にフェルマリが頷くが、表情は固いままだ。


 やがてこちらの船を海賊船に横付けする。向こうの船のデッキの方がやや高く、梯子をかけた。途端にフェルマリが音もなく登りきり、俺はその後を追いかけた。


 甲板の上に降り立つと、あちこちに黒いヘドロのようなものが付着し、下水の臭いがした。甲板のあちこちが破壊され、無惨な様子になっている。だが人の気配はない。


 俺とフェルマリは警戒しつつ、船室に降りる階段に向かった。階段の下にもヘドロが続いているが、船室に明かりはついておらず真っ暗である。


 俺は松明に火をつけ、中へ入っていった。


 階段を降りるにつれて下水の臭いがきつくなっていく。客室のドアに手をかけ、俺の心拍数が上がる。ここはキャスリンが使っていた部屋だ。不安が強まり、俺は一気にドアを開けた。


 中を照らすが、誰もいない。荒らされた様子もなかった。それから、一つ一つの部屋を開けながら人の気配を探るが、気配はない。しかし船底に近づくにつれて、さらに臭いがきつくなっていく。

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