59. 群青色の船出(後)
本日2話更新。
2話目です。
「その顔、何か当てがあるんだな」
「ないことはない、というだけだ。今のところ、雲を掴むような話だ」
ジルコが俺の顔をじっと見て、やがて口を開いた。
「しかし、お前さんがそこまで真銀にこだわるのは、やはり魔女絡みか?」
「ああ。俺には強い武器が必要だ。いつだったか、俺の剣は確かにあの魔女の心臓を貫いたはずだった。だが血も一滴も流れず、効いた様子もなかった。鉄の武器は奴には効かないらしい」
「それで魔除けの効果があると言われている真銀か。真銀は鉄をも切り裂く切れ味と硬度を誇り、その刃は魔を断つと言われている。俺たちドワーフの間でな。だが……」
ドワーフが考え込む。
「……不死の魔女を殺すことができるかはわからねえ」
「試す価値はある。他に方法も思いつかないしな」
わずかでも可能性があるなら、試す。そしていつかそれが、正解へと辿り着くことを信じて。
愚直ではあるが、俺にはそのやり方しかない。
「悪いけどお前さんが正気か、疑っちまうな。教会にはあまり詳しくねえ俺でも知ってるぜ。魔女ってのは、人間が抱えている根源的な罪の化身なんだろう。だとしたらそれは不滅だってのも頷けるぜ。人間が存在する限り、怠惰や強欲なんてものは消えることはないんだからな」
「人間の欲が消えようが消えまいが、ただ奴らは現実に存在している。なら殺す方法もあるだろう」
俺はグリシフィアを貫いた時の手の感触を思い出す。妙に手応えがなく、真綿に剣を付き入れるように抵抗なく刃が通っていった。それは現実味がなかったが、だがその後、俺を抱き止めたグリシフィアの感触は生々しかった。奴の感触も匂いも、まざまざと覚えている。
それが現実でなくて、なんだというのだ。
「俺に100万回の生があったら、魔女のことなんか忘れて楽しく暮らすね」
「それは賢いな」
「何がお前さんをそこまでさせるんだ。200年前の復讐か?」
「いや……」
ノルディンとのやりとりを思い出す。
復讐ではない。
復讐では先に進めないことを、俺は知ったのだ。
ではこれは、なんなのか。
「復讐ではない。だが俺にとって……」
俺にとって、なんだろう。うまいことばが思いつかなかったので、
「大切なことさ」
そう言った。
「大切なこと」ドワーフが繰り返す。
「———ドワーフの大坑道は俺にとっても特別な場所だ。今でも鍛治の真似事をしているのも、あの坑道での日々があったからだしな。もし炎をどうにかできるんだったら、俺が坑道を案内してやってもいいぜ」
「約束できない。雲を掴むような話だと言ったろ?」
「可能性が0ではないんだろ? お前さんが来るまでは0だったんだ。俺にとって大坑道に行くことがその、大切なことなのさ」
俺はジルコの顔を見た。ジルコがふふっと笑って言った。
「明日は俺も船に乗ろう。ただし戦闘員としては期待するなよ。斧を握っていたのは遠い昔だ」
髭に埋もれたいかつい顔は、笑うと思いの外、愛嬌があった。
「頼もしいな。もちろん戦闘は俺の役目だよ。危ないと思ったら、遠慮なく逃げてくれ」
「逃げ足には自信ねえけどな」
ドワーフが手を出し、俺がそれを握った。岩のように硬いその手は、何度ハンマーを振るえばこんなふうになるのか。
ノックの音がして、俺が目を覚ました。
「ランス様、船の準備ができました」
フェルマリだった。出会った頃のように、張り詰めた顔をしている。また魔物のいる南部の海域に船を出そうというのだから無理もないだろう。
「フェルマリ」
俺は彼女の名前を呼んだ。彼女にも言っておくことがある。
「これから魔物のいる南部に姉を探しにいくわけだが、わかっていると思うけど、君は危険なことは控えてくれ」
フェルマリは首を横に振った。
「ランス様、戦闘になれば、私もあなたと並んで戦います」
「ダメだ。話した通り、俺には100万回の生があるんだ。何度でも、やり直すことができる。でも君の生は一度きりだろう」
「そんなもの、命を賭けない理由にはなりません」
命を賭ける。やはり、そういうつもりでいたか。
「フェルマリ、ノルディンと話していて、俺は気がついたんだ。この200年間、ずっと俺は自分一人のようなつもりで戦い続け、命を投げ打ってきた。けれどそうではなかったんだ」
「どういうことですか?」
「どうせ掃いて捨てるような命だと、俺は自分自身を雑多に扱ってきた。けれど、それは間違いだったよ。俺の命は俺のものでもあるけど、そうじゃなかったんだ」
フェルマリは神妙な顔で、黙って俺の話を聞いている。俺は話を続けた。
「俺は一人で戦い、死んでいるつもりでいたけど、でも俺がいなくなることでたくさんの人間の想いも踏み躙られでいた」
いつかの生で俺を追いかけてきた母親、スラムのゴミのなかで息絶えようとする俺に縋り付く妹。そして、俺を身を挺して庇ったフィリオリ、俺を信じるキャスリン。
「俺の命は、誰かの一部でもあったんだ。俺はそのことに、200年間も気がつかなかった。でもフェルマリ、君はわかっているはずだ。ノルディンに育てられ、村のみんなに囲まれて育った君には」
フェルマリの唇が弾き結ばれ、目に涙が溜まってくる。だが彼女は目を逸らさずに、
「わかっています。それでも、あなたの役に立ちたい。あなたを一人にしたくないのです」
真剣な声で言った。そして俺はその言葉と、涙の意味を知る。
彼女は俺のことを想い、涙を溜めているのだ。
その彼女の頭に手を置いた。「子供扱いしないでください」するとフェルマリがすぐに、それを振り払う。俺は頷いた。
「わかったよ。ありがとう、フェルマリ」
「わかっていただけましたか。なので、もう私を置いて一人でいくのはやめてください」
涙を拭いた彼女が小指をさし出した。
「約束してください」
そこに俺も小指を絡める。
「ああ、約束するよ」
するとエルフが花のようにパッと微笑んだ。その顔がいつかのフィリオリに重なった。
俺にとってこの生は、100万回あるうちの一つの生に過ぎないが、目の前の彼女はその一回の俺だけを真剣に見てくれている。
いや、それはきっと彼女だけではなかったのだろう。
———キャスリン。
どんなことがあろうと、俺を信じていた。
こんな呪われた島なんかにまで、ついてきて。
もう誰も、死なせたくはない。
まだ日が登らぬ暗い空、俺はフェルマリ、ジルコと共に船の上にいた。
乗組員の掛け声と共に、船が出航する。
世界は群青色に包まれており、次の1日を迎える準備をしているかのようだった。
陸地を離れ、先の見えない暗い海を船が進んでいく。
吹き荒れる風が激しく帆を揺らす。風の音だけが世界を包んでいる。
その俺の背中を誰かがつかんだ。
「きっと、大丈夫ですよ」
振り返れば、フェルマリが微笑んでいる。
俺は頷いて、船室に足を向けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は月曜の更新予定です。
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