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58. 群青色の船出(前)

本日、2話更新します。


これは1話目です。


 俺は村へ戻り、カイルに船を借りる交渉に向かった。カイルの家は村の中央の小高い丘の上にある、周りより一際大きな屋敷だった。フェルマリが事情を話すと、カイルは快く返事をしてくれた。


「もちろんです。あなたはフェルマリを助けてくれた。次はこちらが恩を返す番です。私の船をお貸ししましょう。

 ただ、夜の航行はできません。あの入江には黒い魚人ブラック・マーマンが住んでいます。奴らは昼間は深海に潜りおとなしいですが、夜になると海面上に出てきて人を襲いますから」


 あの黒い魚人どもか。確かに乗組員が襲われる事態は避けなくてはならない。


 すでに昼を過ぎて夕方になろうとしている。船の準備の時間を考えると、今日の出発は難しいだろう。


「お姉様のことは心配でしょうが……」


「いや、無理を言っているのはこちらだ。君たちに危険が及ばない範囲で助けてもらえれば、それだけでありがたい」


 もうすぐキャスリンと離れて丸1日が経とうとしている。ジョイルは大雑把な性格だが冷たい男ではない。俺がいなくなり、人質としての利用価値がなくなったとしても、キャスリンを一人で放り出したりはしないだろう。そう、信じるしかない。


「まさかあの馬鹿の温情を頼ることになるとはな」


 馬鹿だが、ジョイルが戦闘技能に関しては頼りになる。魚人たちとの戦闘において優れた判断力や勘の鋭さを見せていたし、あの馬鹿力と鎖の技術による戦闘力は、ここ200年知り合った戦士の中でも突出している。いかに呪われたノースティアの魔物が相手でも、簡単にやられるとは思えなかった。


「ランス様、あなたも長旅でお疲れのはずだ。今晩はこのまま、うちにお泊りください。出航は明日の早朝になるでしょう」


「ああ、恩に切るよ。ありがとう」


「そんな畏まらなくてもいいのですよ。あなたは私の先祖、ハウルドの弟君です。私の家はあなたの家も同然ですよ」


 カイルはそう言って微笑んだ。いつも厳しい顔をしていたハウルドと違い、柔和にゅうわな笑みだった。


 夜になると、フェルマリの帰還を祝ってささやかな酒宴が開かれた。


 広い一室に村人たちが集まっている。中央のテーブルには、魚や海藻など海産物を中心とした料理が並び、グラスにはワインが注がれている。


 フェルマリは村の男女に囲まれ、再会を喜びあっていた。そこではエルフも人間も関係なく、フェルマリの元を訪れては抱擁ほうようを交わしていた。みな一様に心の底から無事を喜んで、その中心で彼女がくったくなく笑っている。そんな中、ふとフェルマリと目が合った。彼女がニコッと微笑みかけてくる。


 よかったじゃないか。言葉には出さずに、俺も笑みを浮かべて答えた。


 そう、これがフェルマリの生きてきた世界で、今見ている彼女こそが本来の彼女だ。

 海賊たちに囲まれて、緊張した面持ちで周りを窺っている、あれは仮のものだったのだろう。


 この平和で穏やかな世界。俺が旅立つ前の故郷の村のように、戦火や争いとはかけ離れたこの場所こそ、彼女の場所だ。


 明日は船で案内してもらうが、もう彼女を巻き込みたくなかった。キャスリンたちと合流したら、フェルマリとはそこで別れるつもりだ。


「よお、色おとこ」


 背後からガラガラの声がした。振り返ると、たっぷりと顎髭を蓄えたずっしりした男がそこにいた。今朝も出会った、ドワーフ。ジルコといったか。ジルコは言葉を続けた。


「フェルマリはすっかりお前に参っちまってるようだな」


「そういうんじゃないさ」


 フェルマリの好意がわからないほど、俺も鈍感ではない。だがその好意は幼い頃から聞かされてきた英雄譚の主人公「ランス」に対するものであって、現実の俺に向けられているものではない。


「そんなことより、ドワーフである君に聞きたいことがある」


 俺は懐から、真銀ルシエリでできた魔除けの短剣を取り出す。


「君はこの短剣は再現が不可能だと言ったな。北で採れる真銀では不純物が多すぎると」


「ああ、そうだ」


「では純性度の高い真銀があれば、新しい真銀の武器が作れるのか?」


 ジルコは髭をさすり、ギョロリとした目で俺を睨んだ。


「真銀鉱石だけで加工はできんよ。あの鉱石はうちの村にあるようなちゃちな工場の火ではビクともしねえ。特別な火が必要だ」


「だが窪地のドワーフは加工してこの短剣を作ったんだろ?」


「窪地のドワーフが住んでいた大坑道の最も奥に、マグマに面した巨大な炉があったんだ。あそこの炎は外とは比べ物にならないくらいに熱く、その炎を持って真銀を溶かし、加工していたんだ」


「よく知っているな。見たことがあるのか?」


「見ただけじゃねえ。実際に作ったことだってある」


「ほんとか!?」


 驚く俺に、ドワーフが鼻を鳴らした。


「以前に師匠と一緒に大坑道に行ったことを言わなかったか? そこで窪地のドワーフたちと一緒にいくつもの武器を打ったさ。その技術は今も俺の腕の中で生きている」


「そうか」


 まさか作り手本人がいるとは思わぬ収穫だった。つまり材料と設備があれば、真銀ルシエリの新しい剣が作れるということだった。そして、その両方が大坑道に眠っている可能性がある。


「だがその坑道は炎に包まれているんだぞ。おまけにイフリートが守ってやがる」


「その通りだ」


 200年、絶えずノースティアで燃え盛っている魔女の炎。これをどうにかしなければ、坑道には近づくことすらできない。


「その通りだって、じゃあダメじゃねえか」


「だが不可能ではない」


「本当かよ。近づく前に焼け死んじまうぜ」


 もちろん、炎がある限り近づくことができないだろう。だが魔女の炎は、同じ力を持つ魔女なら打ち消すことができるかもしれない。


 いや、できるはずだ。実際に200年前、俺は見ているのだ。


 迫る炎は、あの黒い魔女の周囲に見えない壁でもあるかのように阻まれ、奴を焼くことはなかった。


 グリシフィアの月の引力の魔法であれば、炎を巻き上げながら進むことができるのではないか。もし、仮にだが、グリシフィアの協力があれば、坑道に行くことができるかもしれない。


 もちろん、奴に協力させる方法はまるで思いつかないが。

続きは1時間内にアップします。

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