56. 何も知らない魔女(4)
本日、2つの話を投稿します。
本稿は1つ目です。
「世界が変わる…?」
訝しけな俺の表情に、ノルディンは頬を掻いた。
「うまく言えないのだけれど、なんだかそんな気がするんだ」
世界、か。
俺はノースティアで死んでから、ミッドランド大陸の各地に転生しながらおおよそ200年、暮らしていたことになる。
しかし、復讐に明け暮れていた俺にとって、世界がどうだろうと気にも留めなかった。辺境に生まれ、スラムに生まれ、剣奴として生まれ、そこで様々なものを無感動に見てきた。
王都と神聖教会は権力争いに明け暮れ、街は住民を守らず、金を持つものはさらに金を求め、貧しいものはずっと貧しい。
「ミッドランドは、200年間、変わり映えのない世界だったよ」
ノルディンの灰色の目が俺を見た。
「グリシフィアも君と同じようなことを言っていた。変わり映えのない、つまらない世界だって」
一人で月を見上げるグリシフィアの姿が思い浮かんだ。
「人の世は、そんなものではないのか?」
「そうかな。私は600年、ノースティアで生きた。その間に窪地のは二つの国が生まれ、武器は銅から鉄にかわり、農耕の仕方だって変わった。若い頃の私にとってはそんな、移り変わっていく人間の世界がとても魅力的に見えたんだ。目を輝かせ、窪地中を旅して回ったものさ」
「ああ、まだ小さい俺にたくさん、話してくれたな。けれど、ノースティアとミッドランドは違う。200年いたけど、何かが変わっていくような感じはしなかった」
「僕が若い頃のノースフォレストとノースプラトーはね、若くて活気のある国だった。エルフやドワーフにも友好的だったし、古い精霊や白狼を崇める兄弟の国だった。そのころは交流も盛んで、とても仲が良かったんだよ」
「信じられないな」
俺が生まれた頃の両国はすでに100年にわたる戦争の真っ最中だった。
「けれどね、ある日、窪地の外から旅人が訪ねてきてね、ノースプラトーに住み始めたんだ。彼らこそ、エルノール神聖教会の者たちだった。彼らは自分たちの開祖エルノールこそが世の救世主と崇め、古い精霊や考えを否定した。そしてその教義は瞬く間に広まっていったんだ。だから、エルフである私は教会の目の敵にされ、ノースプラトーには行きづらくなってね。旅もやめてしまった」
エルノール神聖教会。
彼らの教義は、「人間は生まれるときに七つの原罪を抱えて生まれてくる」というものだ。
生きている限りその七つの罪が、人間の魂を堕落させようとしてくる。
天国に行くために人間は、生ある限り、その誘惑と戦い続けなくてはならない。
その堕落の象徴が、七つの大罪の魔女だ。
すなわち傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。
教義において、人間の仇敵と定められた七人の魔女たち。
「もともとノースティアには魔女なんて言葉、なかったよ。教会が広めたんだ」
「そして異なる神を信望した兄弟の国は、100年にわたる戦争を開始した」
最初の生において俺は、教会の中でも最も権威のある6人の枢軸卿のうち、二人に出会っている。
一人目は、討滅卿。
姉の結婚式にて出会った真紅の男装に身を包んだ女騎士、リーヴェルシアだった。彼女は常に沈着冷静で、優れた剣技の持ち主だっだ。だが一番印象に残ったのは、彼女の別れ際だった。
「この残酷な世界から、私を救ってくださいますか」
迷子の子供が疲れ果て、救いを乞うような顔だった。
二人目は、啓示卿。
結婚式を取り仕切った司祭である老婆。
式の開始とともに花婿である第一王子は、干からびた死体のまま馬に乗せられて入場してきた。
そして老婆は、「王子殺害はノースフォレストの陰謀である」と宣言し、丸腰の俺たちは武装した騎士たちが包囲され、次兄を含む大勢の命が奪われた。そのとき、混乱に乗じて現れたガイツという男が、花嫁であるフィリオリを攫おうとしていた。
もちろんこれらは、ノースプラトーと教会によって式の前から仕組まれたものだっただろう。しかし誰が、王子を殺したのかは結局、わからずじまいだった。
そして次兄の弔いのためにノースプラトーとの全面戦争が始まることのなるのだが、その決戦の前夜のことだ。再びフィリオリを攫うべく、黒ずくめの集団が忍び寄ってきた。仮面の下から現れたのは式場で見た老婆、教会の啓示卿だった。
「あのとき、神聖教会の啓示卿は、背後にいる複数の魔女の存在を仄めかしていた」
教会は魔女の手先なのだ。全ての人間がそうなのかはわからないが、少なくともその権力の中枢に、魔女と関連した人間が潜り込んでいる。
そして啓示卿の目的はフィリオリを攫い、この俺の目の前で八つ裂きにすることだと言っていた。
なぜか?
今なら、理解できる。
劇的なる死を望むのはグリシフィアだけではないのだ。
俺の憎悪を引き出し、魔女に対する復讐を仕向けることで、
俺の100万回の生の果てで、自分たちを滅ぼす方法を見つけることを期待しているのだ。
その果てが、あの国を呑み込んだ炎なのかもしれない。
国を滅ぼし、全てを焼き尽くす。
憎悪を引き出す目的において、それ以上のことはないだろう。
最も合理的、最良。そして残忍にして、最悪の方法だ。
「そんなもののために」
俺は歯噛みした。
何人もの罪もない人間が焼かれることになったのか。
ノースティアの善良の民は、あの厳しい北の地で懸命に生きていたのだ。
様々な地で生まれ、生きてきた俺だからこそ、わかる。
ノースティアは決して豊かではなく、天候も穏やかではない。
冬が長引く年は凍死者や、餓死者が大勢出ることもある。
だがその中にあって、人々は規律を守り、王家を尊敬し、国を愛し、
ささやかな暮らしに感謝して生きてきたのだ。
「死にたければ、勝手に一人で死ねばいいものを」
俺は今、考えたことをノルディンに伝えた。
ノルディンは頷き、そして言った。
「だが、フィリオリの殺害だけは、阻まれた」
そうだ。俺はあの時の光景をありありと思い出していた。
啓示卿の馬に乗せられて攫われるフィリオリ。
その啓示卿を仕留めたのは、魔女本人、グリシフィアだった。
その行動の真意はわからない。なぜかグリシフィアは魔女の手先である教会と対立し、フィリオリを守るように動いている。
もちろんグリシフィアの最終目的も、他の魔女と同じく自らの滅びであるはずだが、必ずしも協力関係にあるわけではなさそうだ。
そして、ノースティアを包み込んだ炎。
あれがグリシフィアの魔法でないとするなら。
———真の仇敵は別にいる。
次回で、「何も知らない魔女」の編は終わりになります。
お付き合いいたらければ幸いです。




