5. 白狼騎士団
「いやあ、よくやったぞランス」
自分の部屋に戻ると、ヴィンタスは上機嫌に笑った。
ハウルドの乱入があったものの、結果的には誰にもバレることなく御前試合を終えることができたのだから。
その時、コンコン。ノックの音がする。
「おっと誰だ」
ヴィンタスは慌ててベッドに潜り込んだ。
「ヴィンタス兄様、フィリオリです」
「おお、我が妹か。鍵はかかっていないぞ。入りたまえ」
「失礼します」
美しく着飾ったフィリオリがドアから入ってきた。
御前試合の時は気が付かなかったが、花びらを思わせる白いドレスを着て、長い銀髪をアップにし、いつもより大人びて見える。
「ランスもいたのですね」
フィリオリが微笑んだ。
俺は何となく直視ができず、俯いて「はい」と答えた。
「ヴィンタス兄様!傷の具合はどうですか?」
「おお、心配してくれるのか。大丈夫、たいしたことはない。私は父上に似て丈夫なようだな」
それはそうだろう、無傷なのだから。
俺は動くたびに肋骨が痛み、フィリオリに気づかれないように直立不動で立っていた。背中から汗が伝って流れ落ちた。
「それは結構なことだな」
フィリオリの後ろからハウルドがドアの上枠を潜って入ってきた。
「俺の一撃を受けたのだ。肋骨の数本は折れているだろう。それをものともせず、さすがは俺の弟だな」
言葉と裏腹にハウルドの目は冷たかった。
俺はハウルドの存在に身を固くして立っていたが、ハウルドはそんな俺の方に近づいてくると、唐突に俺の胴を拳でついた。稲妻のような痛みが全身に走り、俺はその場で蹲った。あまりの痛みに息ができない。
「なるほど、あの騎士はお前か、ランス」
その言葉にヴィンタスが青ざめ、フィリオリがはっと俺を見た。
しかしハウルドはニヤリと笑うと、
「俺に仕えよ。たった今より、お前の所属は白狼騎士団だ」
それだけを言うと、踵を返してドアの外から出ていった。
残った三人はポカーンとしていて、「助かった、のか」ヘナヘナとヴィンタスがベッドに倒れ込んだ。
「すごいわ、ランス!」
フィリオリが目を輝かせて俺の手を取った。
「白狼騎士団は兄の率いる、ノースフォレスト最強の騎士団です」
「私が、ですか?」
「これは祝杯だな。俺が祝勝会を手配してやる。なーに、店のことなら俺に任せろ」
ヴィンタスは笑ってランスの肩を叩いた。
ランスは肋骨に響いて悶絶したが、しかしヴィンタスやフィリオリの喜ぶ様子に自然に笑みが溢れた。
白狼騎士団か。
呟いてみると実感が少し湧き、何より二人が喜んでくれることが嬉しかった。
次の日に修練場に行くと、皆の態度が変わっていた。
いつも俺をしごいていた教官が直立不動で立っており、
「ランス様!お話は聞いております!さすがは偉大なる王の血を引く御子であられる」
追従するような笑みを浮かべている。
ランス、様、か。
昨日までは俺を平気で蹴飛ばしていたのに、人の変わり身の早さに驚きと怖さを感じた。
その日から、俺の日常は一変した。俺は一月ほど傷を癒す休養を言い渡されたのだが、その間に城外に新たな住居が与えられ、使用人の数も増え、それまでの生活とは比べ物にならないほど豊かになった。
それまで私生児として腫れ物のように扱われていた俺が、今や国一番の白狼騎士団に所属し、兄にも認められているという現実に、少し戸惑いながらも、新しい生活に溶け込もうと努力した。
しかし、これからが本当の試練だと、俺は痛感していた。傷が癒えて訓練が始まると、俺は白狼騎士団の訓練の緊張感と厳しさに圧倒される日々が続いた。
今までの修練場は寄せ集めの騎士たちで腕も志もバラバラだったが、ここにいるものは皆、国と兄に忠誠を誓い、剣の腕も優れているものばかりだった。
ハウルドもよく顔を出し、訓練に参加していた。訓練中のハウルドは声を荒げたりなどせずに淡々としているが、逆にそれがその迫力を増させていた。ハウルドはよく、俺にも声をかけた。
「貴様は剣だけは多少使えるが、そのほかはまるでなってないな」
確かに、俺は剣の腕だけならここの者たちに引けを取らなかったが、馬術や陣形の理解はほとんど経験がなく、俺だけ別メニューでの特訓を余儀なくされた。
「別メニューだからと言って、剣の訓練で遅れをとることは許さんぞ。終わったら俺と撃ち合え、ランス」
言葉通り、夕暮れどきに俺の元にやってきて、ハウルドが俺に訓練用の木剣を放った。
通常の訓練後だと言っても、ハウルドが容赦するわけがない。模擬試合にてある程度は撃ち合えるようにはなっていたが、それでも訓練後は全身の打ち身と疲労でしばらく動けないほど消耗した。俺は訓練所に大の字になって寝転び、ひとりごちた。
「訓練の最初の頃も、こんな感じだったな」
いや、ハウルドが相手の分、なお厳しい。
しかし、ありがたい。
ハウルドの剣を間近で見て、味わう。
「ふふ」俺は笑みが込み上げた。
「おい、ランスのやつ笑ってるぜ」
「頭を打ちすぎたのか?」
二人の同僚の騎士が寄ってきて、君悪そうに俺の顔を覗き込んだ。俺はハッとして、緩んだ頬を抑えた。
「ったく、ありゃあ狂人だぜ。ハウルド殿下のしごきにも困ったもんだな。俺たちを家畜かなんかと勘違いしてるのか?」
「おいおい、馬だってもっと大切に扱われてるぜ。ランス、立てるか?」
同僚の一人が俺に手を差し出し、俺がそれを取った。
「ありがとう、ハンス」
ハンスはふっと笑った。ハンスは俺より2歳年上の、19歳だった。癖のある栗毛で、屈強な戦士の肉体だが、顔にはまだあどけなさが残っている。
「しかし俺たち、もうすぐ初陣に参加らしいぜ」
もう一人の、のっぽのタルモが緊張した様子で言った。焼けた肌に短く刈った黒髪で、体格だけならハウルドに負けないが、見た目の割にナイーブな性格をしている。
初陣か。
隣国、ノースプラトーとは大規模な戦闘こそないものの、小競り合いが続いている。
小競り合いとはいえ、何人か死人が出ることもあるのだ。
だが、初陣のことを考えると俺は胸が高揚した。
やっと、だ。
やっと、自分の責務を果たす場を得る。俺は決意を胸に立ち上がった。
R5.12.24 文章、言い回しなど修正(ストーリーの大枠に変更はありません)