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52. Home(後)

「この村のことは、外には黙っていてもらえないか?」


 俺はジルコの言っていることがわかった。確かにこの村のことをジョイルたち海賊や商人ムーングラスプ家に知られれば、この穏やかな生活が破壊されるだろう。奴らはフェルマリを捕まえたように、奴隷の取引も行っているのだ。


 俺はドワーフに尋ねた。


「俺が魔女を追っていることは語られているのか?」


「お前さんが今も魔女と戦い続けているだろう、とノルディンは言っていた」


「魔女に通常の武器は効かない。だがこの真銀ルシエリの武器は、魔女の力の影響を受けづらい様子だった。俺は魔女を殺せる武器を探している」


 ジルコは少し考え込んでから、


「その武器をフェルマリの短剣のことを言っているのなら、あれはもう再現が不可能だ」


「なぜだ?」


「あの短剣は遥か昔、ノースプラトーの窪地に住んでいたドワーフが作ったものだからさ。今、お前にやったような真銀鉱石は今でもたまに北の鉱山で見つかるが、しかし見ての通りの粗悪品だ。不純物が多すぎる」


 ノースプラトーのドワーフたち。俺は子供の頃にノルディンに、ドワーフたちの存在を聞いていた。しかし大人になってから都に出て話をしてみても、誰もドワーフたちのことを知らなかった。そのため、ノルディンの作り話だと考えていた。


「俺の時代にはドワーフたちはもういなかった。ただ誰が作ったかはわからない、深い坑道の存在は聞いている」


「その通りだ。なぜか忽然と、窪地のドワーフたちは消えてしまった。だが俺は見たんだ。奴らが掘った見事な大坑道の奥に、純正な真銀ルシエリが山のように眠っていた。光り輝くあの鉱石は、この粗悪な真銀ルシエリとは比べものにならない」


「坑道に行ったことがあるのか?」


「まだ何も知らない新米の頃に、鍛治の師匠と一緒に何度か尋ねた。そのときは窪地のドワーフたちも健在だったしな。だが今は…わかるな」


 ジルコが顎で内陸の山の方を指した。ここからでも燃え盛る炎がはっきりと見える。


 そのとき、炎の上空の一部が揺れているのが見えた。よく見れば何かがそこで、蠢いている。


「ああ、見えたか。あの炎が渦巻いているところがあるだろう」


 確かによく見ればそれは、渦巻く炎だった。そしてそれは少しずつ、移動しているように見える。


「あれこそが炎魔人イフリートだ」


「あれが、か?」


「あの渦の中心に奴はいると信じられている。そしてあの渦の下のあたりにあるのが、ドワーフの大坑道の入り口だ」


 ふと、グリシフィアの言葉を思い出した。イフリートは何かを守るように動かないでいる、と。


「もちろん、間近で見たやつがいるわけじゃねえ。ほんとのところはわからねえがな」


「ランス様」


 人だかりを抜けて、フェルマリが声をかけてきた。


「すいません、お待たせしてしまって。ノルディンの家はここから北の、あの森の中です」




 俺は北に見える森に向かい、フェルマリと村の中央の道を歩いていく。行き交う人間に混じり、たまにフェルマリのようなエルフもいた。種族に関係なく、会う人が皆、フェルマリの無事を喜んでいる。やがて森の入り口につ今までの針葉樹林とは違い、広葉樹の森だった。


 地面に敷き詰めらた落ち葉はわずかに湿っていて、踏むと柔らかく沈んだ。木々の上から鳥の声が聞こえる。木漏れ日を浴びながら、森の奥に進んだ。ところどころに、湯気を上げた泉が沸き、その周りでは小さな花が咲き乱れている。


「ノルディンの家はこの先です」


 フェルマリが指差す先に木々が開け、広場の中央の小高い場所に、一番太く、大きな樹が見えた。その麓に半ば埋もれるようにして、その家はあった。


 それは昔、俺とフィリオリで尋ねたノルディンの家にそっくりだった。俺は時がさかのぼったような感覚を受け、そこで立ち尽くした。その木々の周りで花壇に水をあげている者がいる。


 老人だった。背中が曲がり、白髪で、頭が禿げ上がっている。俺の心臓が跳ね上がった。その耳が長く、尖っていたからだ。


 俺は足を踏み出すことができなかった。この平和な光景に、血塗られた自分が踏み込んでいくことがためらわれた。俺は息を吐き、踵を返してノルディンに背中を向ける。


「ランス様!?どこへ行くのです」


「ノルディンが健在なのはわかった。もう十分だ」


「そんな!どうして!」


「どうしてもだ」


「フェルマリ!?」


 そこで老人の声がした。しわがれていたが、その声は森によく響いた。


「ただいまー!」


 フェルマリがノルディンに手をふる。俺は立ち去ろうとすると、その手をフェルマリが掴んだ。


「ここまで来たのです。ランス様、せめて一声だけでも」


 俺は仕方なく、ノルディンの方を振り返った。腰を曲げたまま歩いてくるノルディンの足取りは危なっかしく、フラフラとしている。そして木の根につまづき、ノルディンが前に倒れて膝をついた。


「ノルディン!」

 

 俺は叫び、気がつけば駆け寄っていた。手を取り、ゆっくりと立ち上がらせる。


「ああ、申し訳ない。旅の方。急に娘が戻ってきたものだから、慌ててしまった」


「怪我はしていないか?」


「大丈夫のようです、いや、お恥ずかしい。しかし旅の方、どうして私の名前を?」


「名前は…そこのフェルマリに聞いた。でも怪我がないなら何よりだ」


 俺はノルディンを立たせて離れようとするが、ノルディンが俺の肩を掴んだ。 灰色の目が大きく見開かれる。


「君の言葉、滅びたノースフォレストの訛りがある…だがそんな、まさか」


 その目に涙がたまっていき、皺の刻まれた頬をこぼれ落ちた。


「君は、ランスなのか?」


 俺は驚いて老エルフを見た。今の俺は姿も何もかもが違う。自分でも記憶が連続しているだけの、あのランスとはまるで違う人間だと感じている。しかし、ノルディンは俺のことをランスだと言う。


「どうして…わかるんだ、ノルディン」


 するとノルディンが微笑んだ。その笑顔はあの頃と変わらない。少年の俺によく、昔話を聞かせてくれた時の優しい笑顔。


「君を間違えるわけないだろう」


「ノル…ディン」


 俺の頬から涙が流れ、こぼれ落ちた。驚いて俺は頬を拭うが、涙は次から次へと溢れてくる。唇が震え、俺はしゃくりあげた。


「ノルディン…俺…は…」


「おかえり、ランス。よく帰ってきてくれたね」


 俺は俯き、頷いた。

 胸の奥から感情が溢れ、頭の中の思考は全て押し流されて、気がつけば俺はノルディンに縋りついていた。


「ただいま、ノルディン。遅くなって…ごめん」

いいね、ブックマークくださった方、ありがとうございます。

期待に応えられる素敵な物語になればと思います。


次回の更新は月曜になります。

よろしくお願いいたします。

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