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51. Home(前)

「私の話もノルディンから伝えられたことです。ですが魔女とフィリオリ様の関係は謎に包まれています。ぜひ村にいらしてください。ノルディンはずっと、あなた様をお待ちしております。あなたに伝えたいことがあると」


 カイルが顔を上げる。俺はその真っ直ぐな目を見れず、視線を逸らした。


 ノルディンに会うなど、今更だ。


「話はすんだかよ」

 

 集団の中から出てきたのは、他よりも頭ひとつ分背の小さい髭面の男だった。灰色と黒の混じった髪と顔の半分を覆うボサボサの髭、そしてがっしりとしていて、首がフェルマリの腰ほどの太さがある。


「俺は寒いのが苦手でね。そうと決まればさっさと行こうぜ」


「ジルコもいたのね」


「ようフェルマリ。相変わらずの跳ねっ返り娘が。ノルディンのジジイを心配させんなよな」


「それは、反省してる」


 ジルコと呼ばれた男は他の人間とは明らかに体型が違う。よく見ると小さい耳が尖っている。


「君もエルフなのか?」


「俺がエルフ?冗談はよしてくれ。見ての通りのドワーフだよ」


 ドワーフ。俺に取ってはおとぎ話の存在だ。


 200年前のノースティアにもドワーフはいなかった。いや、俺が生まれる前にはノースティア、正確には隣国のノースプラトーの奥地に住んでいたとの話だが、俺の時代ではすでに姿はなく、その記憶も人々の間から消えていた。


「何だよ、ドワーフがそんなに珍しいか?」


 俺の無遠慮な視線に、その目がギョロリとこちらを見た。


「ああ、すまない。ミッドランドの大陸にドワーフはいない。おとぎ話の中で聞くくらいだ」


「そうかい、けどここではドワーフなんて珍しくないぜ。だが俺から見たらおめえの方がずっとおとぎ話だぜ。200年も前から転生を繰り返しているんだってな。まあ悪いけど、俺は半信半疑だ。にわかには信じられないね」


 言われてみれば、それもそうだ。実際にミッドランドで俺は、深き荊の騎士ディープソーン・ナイトの逸話として、夜寝ない子供たちに対して語られる存在になっている。


「確かにジルコの言う通り、随分立ち話をさせてしまいました。私の馬にお乗りください。あなたはフェルマリを助けてくれたんです。村をあげて歓迎します」 


 カイルが馬上の人となり、俺に腕を差し出す。腕をとり、俺がカイルの背中に相乗りした。フェルマリとジルコも他の馬に乗る。


 馬での道中は穏やかなものだった。呪われた島などと言われているが、魔物と会うこともない。そのことをカイルに尋ねると、


「あの岩山を隔てて、北部と南部ではまるで環境が違います。南部には危険な魔物も多く、我々は近づきません。ここは島全体の東部から北東部に当たります」


 俺はジョイルの地図に描かれていた楕円形に近い島の姿を思い浮かべた。南東の入江から流され、東回りに島の中腹まで北上してきたことになる。


「ここから沿岸沿いに平野が北部まで続いていて、他の地域とは切り立った岩山で区切られています。そのせいか、魔物もほとんど出ません。

 昔は南部の方にミッドランドへ船を出す港があったそうですが、今は魔物の影響で廃棄されたと聞いています。私たちの村はもともと住んでいた少数民族に、南部から逃げた来たものや、私たち元窪地の人間とエルフが流れつき、静かに暮らしています」


「村はよく余所者よそものを受け入れたものだな」


「当時の村長を説得できたのは、フィリオリ様のおかげだとノルディンが言っていました」


「…そうか」


 フィリオリのことだから、きっと真摯に訴えかけたのだろう。王女として箱入り娘のように育ったが、俺と一緒に城を抜け出して故郷に向かうときの行動力を思い出した。


 馬の背に揺られ、草と小さな花の咲いた穏やかな平原の景色が流れていく。この景色を君も見たのだろうか、と感傷にふけった。内陸に目を向ければ、遥か山の向こうで、今も炎が上がり天を焦がしている。


 やがてまばらに家が見え始め、小さな柵と木でできた門をくぐり、村に到着した。まず最初に迎えてくれたのが子供たちで、それから大人たちが俺たちの周りに集まった。


「フェルマリだ!帰ってきたんだ!」


 馬から降りたフェルマリの周りに人だかりができた。そのうちの何人かと、フェルマリが抱擁を交わし、目から涙をこぼしている。その様子は年頃の少女そのものだ。俺はその様子を少し離れたところで見ていた。


 よかったな、帰ってこれて。


 村人たちも涙を流してフェルマリとの再会を喜んでいる。木製の平屋が立ち並んでいて、家の前で洗濯物が干してある。子供たちは犬と一緒に走り回り、それを老人が目を細めて眺めている。


 ミッドランド大陸からの、海賊たちとの船での道中を思い出した。あのときのフェルマリの張り詰めた様子、それはこの村の人たちを守るためのものだったのだろう。彼女はただ必死だったのだ。


「穏やかな村だろ。ここの連中は人を疑うことを知らない、おめでたい奴らだよ」


 ジルコが声をかけてきた。


「だが、ドワーフはここの連中ほど単純じゃないぞ。ランス、お前はただフェルマリを送り届けに来たわけじゃないんだろう?」


「どういう意味だ?」


「さっきも言ったが、俺はまだあんたを本物のランスだと信じていない。仮に本物だとして、なぜ200年も経った今、こうしてノースティアまでやってきたのか。見ての通り、何もない村さ」


 押し黙った俺に、ドワーフは懐からペンダントを取り出し、俺に見せた。そこには小さな銀色の鉱石が付けられている。


「お前の目的はこれじゃないのか?」


「これは、まさか」


「ああ、真銀ルシエリの鉱石さ」


 俺はドワーフの顔を見た。ジルコはやはりな、という顔でペンダントを外し、俺の手に押し込んだ。


「余所者がこんなところまで来るのは、これくらいしか思いつかないからな。この鉱石はくれてやる。もっとほしいなら、俺の村からあるだけ持ってきてやる。だからな」


 ジルコの灰色の目が俺を見上げた。


「この村のことは、外には黙っていてもらえないか?」

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