50. 白狼の血統
「生きていた?フィリオリが!ばかな」
俺はフェルマリに詰め寄り、その両肩に手を置いた。
「フィリオリは炎に包まれる平原の真っ只中にいた。どうやって助かる?」
「わかりません。ノルディンからの話では、避難している最中、空から降りてきたそうです。魔女、グリシフィアとともに」
「グリシフィア…だと?」
炎の渦が迫り全てを焼き尽くしていく中、ただグリシフィアとフィリオリの周りだけは炎が届かなかった。確かに、あの状況でフィリオリを助けられる者がいるとすればグリシフィアだけだろう。
「グリシフィアがなぜフィリオリを助ける?」
「そ、それはわかりません。ノルディンも、わからないと言っていました」
フェルマリが視線を外し、答えた。頬が赤くなっている。
「奴は傲慢の魔女だ。兄や兵士たちを虫けらのように殺した。ノースフォレストが滅びたのだって奴の仕業なんだぞ。その奴が人助けなど……どうした?」
「あの…すいません、お顔をもう少し離していただければ…」
フェルマリが両手で顔を隠している。長い耳が真っ赤だ。俺はフェルマリの両肩から手を離した。フェルマリは背中を向けて、横目でこちらを見た。
「す、すいません。それで、えと、なんでしたか?」
「もういい。先へ進もう」
俺は森の道を歩き始めた。ノルディンなら何か、知っているのだろうか。
ノルディンは200年、俺を待っているのだという。
しかし、俺は気が進まなかった。
今の自分の姿はもう当時のままではなく、赤髪の痩せた子供だ。そんなことより、最初の生におけるランスとはもう別人のようになっている。
あの時の自分は世界のことを何も知らず、閉ざされた窪地の世界で、騎士として責務を果たしていた。王国と、兄弟や姉のフィリオリのために生きること、そのことに何の疑問も抱くことはなかった。
だが今の俺は、あの時とは比べ物にならないくらいに血に染まっている。繰り返される生の中で、何人もの人間を殺した。魔女を殺すこと以外はどうでもよく、たくさんの人間を見殺しにした。旅芸人の仲間だったウィルや、育ての親のベアードを思い出す。彼らだって、俺がその気だったなら助けられたかもしれないのだ。
復讐を胸に200年さまよってきた自分は、もう昔の自分ではない。ノルディンが変わり果てた今の俺を見れば、落胆するだろう。
針葉樹の落ち葉を踏みしめて森を抜け、平原に出る。右から冷たい風が吹き、海の音が聞こえた。ノースフォレストに海はなかった。森は故郷に似ていたが、やはりここは別の場所なのだと思い出した。
やがて平原の向こうに複数の人影が見えた。皆、それぞれ弓や槍を持って、馬に乗っている。俺たちを見つけると、こちらにゆっくりと近寄ってきた。俺はいつでも剣を抜けるように柄に手をかける。
「ランス様!村のみんなです!おーーーーーーーーい!」
フェルマリが手を振った。すると村人たちは驚いた顔をして、こちらに馬を走らせてきた。集団の先頭にいるのは二十歳前後の男で、その顔を見て俺は驚いた。
銀髪の青年は、フィリオリの面影があった。フィリオリだけでなく、ハウルドや昔の俺にも少し似ている。
「フェルマリなのか!」
「カイル!」
馬から降りた青年にフェルマリが駆け寄って手を取った。カイルといった青年が顔を歪めた。
「本当にフェルマリだ!ばか!心配したんだぞ!勝手に村を飛び出して、海賊に捕まったと聞いてもう会えないのかと思った。無事なのか?」
「ごめん、カイル。大丈夫、私に大事ないわ。あの人が助けてくれたから」
馬上の他の者たちも次々に馬から降りてフェルマリの周りに集まった。銀髪なのはカイルと呼ばれた青年だけだ。男たちは狩で狩ったらしい猪や鳥を抱えていた。その者たちが俺に気づき、こちらに目をむける。
カイルが集団から出てきて、俺に頭を下げた。
「旅のお方、あなたがフェルマリを助けてくださったんですね」
影のない、真っ直ぐな顔だった。何となく昔の自分を思い出させた。
「助けたわけではない。成り行きで一緒になっただけだ」
「いえ、ランス様がいなければ、私は海の底にて息絶えていたでしょう。何と言おうと、あなたは私の恩人なのです」
「ちょっと待ってくれ、ランス様?」
「そうよ、カイル。この人こそ、ノルディンが話していたランス様、その人なの」
するとカイルが俺の間にきて頭をたれ、膝をついた。
「ランス様、ご挨拶が遅れました。私の名前はカイル・オル・ノースフォレスト」
「ノースフォレスト…と言ったか」
「はい、私の祖先はあなたの兄に当たります、ランス様」
「兄だと?」
「私はノースフォレスト第一王子・ハウルドの子孫なのです」
「ハウルドの、子孫!?」
銀髪の青年をあらためて見た。この銀の髪質は俺たち王家の血筋のものに似ている。ハウルドの子孫であれば、俺や兄の面影があってもおかしくない。
200年前のあのとき、ハウルドには生まれたばかりの赤子がいた。赤子は王家を継ぐものとして王城で大切に育てられていた。だがあの日、炎は窪地をくまなく飲み込んだ。王城のあった場所も、あの山の向こうで炎の渦中である。
「君はあの赤子の子孫だというのか。しかしどうやって」
「私の祖先を助けたのは、フィリオリ様だと伝えられています」
「フィリオリが?しかしフィリオリなら王城から離れた平野にいたのだ。あの炎の中、どうやって王城に戻った」
「フィリオリ様は同じ顔をした魔女を引き連れ、空から現れたと伝えられています。フィリオリ様の命により、魔女はただ一人だけを助けると言いました。そこで国の未来を担う、我が祖先が選ばれたのです。フィリオリ様の胸に抱かれ、私の祖先は魔女と共に、この遠い窪地の外の村にたどり着いたのです」
また魔女、か。
グリシフィアがなぜ赤子を助ける?なぜフィリオリの命を聞く?
200年前、俺が死んだ後に、何があったんだ。
だがはっきりしていることがある。
フィリオリだ。
フィリオリが何らかの方法でグリシフィアを諭し、言うことを聞かせた。
姉さん。あの地獄のような場所にあって、あなたは何をしたのですか?
花のように微笑む、銀髪の乙女。
だがその芯は、ただ流されていく俺なんかよりずっと強い女性。
もう一度、その声を聞きたかった。
「私の話もノルディンから伝えられたことです。ですが魔女とフィリオリ様の関係は謎に包まれています。ぜひ村にいらしてください。ノルディンはずっと、あなた様をお待ちしております。あなたに伝えたいことがあると」
すいません、更新が遅れました。
もう少しだけ進めたいので、深夜に取り掛かり、出来上がり次第投稿します。
(明日の朝にはできていると思います)




