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49. 願いと物語(後)

長くなったので、前・後にわけて2話、投稿します。

こちらは後編になります。

 しかしフェルマリは不意に俯いて、声の調子を落とした。


「でも私はあなたに矢を向けました。そんな私があなたを兄などと」


「矢の一件は気にしていない。君も海賊にさらわれて捕らえられ、たった一人で必死だったはずだ」


「それだけではありません」


 彼女は口淀み、やがて意を決したように話し始めた。


「あの入り江が魔物の巣であることは知っていました。海賊を村に入れないため、わざと案内したのです」


「しかし半魚人は大した敵ではなかった」


「あの半魚人など、本当の脅威ではありません。あの入り江は、赤熱蜥蜴サラマンダーの巣です。炎と岩の体をもつあの蜥蜴に、人間の武器では太刀打ちできません。しかも魔物は群をなして人間を襲います」


 それを聞いて、俺の胸がざわついた。炎の魔物、だと?


 炎に巻かれるキャスリンを想像し、思わず立ち上がってフェルマリに詰め寄っていた。エルフが悲しそうに目を逸らす。


「あなたのお姉さまが無事だとは思えません。許してもらうことはできないでしょう。もしあなたがそうしたいのであれば」


 フェルマリは短剣を抜いて、俺に差し出した。


「私を切り捨ててもらっても構いません。もとより私も、あの入り江で海賊たちと戦い、死ぬつもりでしたから」


 俺は短剣を受け取り、手の中でくるっと回し、柄の方をフェルマリに渡した。


「キャスリンが危険に陥っているのは君のせいではない」


「しかし」


「すべては俺の招いたことだ。もしキャスリンの身に何かあったのだとすれば、それは俺が招いた災いだ。俺はずっと、魔女を倒すためだけに生きてきた。その結果、周りがどうなろうと知ったことではなかった。この200年、そうやって生きてきたんだ。誰かを犠牲にするのは、キャスリンが初めてではない」


 俺はさっきまでいた切り株まで戻り、座り直す。


「そんな俺自体が、もう魔物のようなものだ。この紋様は怠惰の魔女に刻まれたものだ」


 額に刻まれた、荊の円環紋様を指差す。


「この紋様の力なのかどうかはわからないが、俺は死ぬと違う人間として生き返り、また新しい生が始まる。それは100万回、続くそうだ」


「100万…回!?」


 フェルマリが絶句する。


「ふざけた数字だろ。怠惰の魔女はそういう奴だった。

 荊の紋様を光らせ、俺は仇であるグリシフィアを追い求め、大陸を彷徨った。そのうちにすっかり俺は、大陸の奴らの怪談話の種にされているらしい。深き荊の騎士ディープソーン・ナイトと呼ばれてな。俺はまだせいぜい7、8回の生だが、すでに俺の精神は人間とは離れて魔物になっているのかもしれない」


「そんなことはありません!」


 今度はフェルマリが俺に詰め寄ってきた。


「私がノルディンに聞いていた通り、いえ、それ以上に優しい方です。その荊の紋様の力で、海に沈む私を助けてくださったのでしょう?」


 フェルマリが俺の手をとった。


「私は今、わかりました。私の今回の旅路はやはり、あなたに会うためだったのだと。もし許されるなら、ノルディンと会ったのちも、私をあなたに仕えさせてください!あなたのお役に立ちたいのです!」


「ダメだ」


 俺は即答した。フェルマリがなぜ?という顔をする。


「やはり、私のことを許してくださらないのですか?」


「魔女を殺すのは俺が一人でやることだ」


 自分が何度、命を落とそうとも、どうだっていい。

 しかし、他の人間はそうではない。

 一度だけの生命なのだ。

 

 誰かがそばにいることが、どんなに俺の行動を制限するか。

 キャスリンと一緒に行動して、つくづく感じていた。


「君には感謝している。しかし俺の旅に同行者はいらない。君は魔女の恐ろしさをわかっていない。君の力ではどうもできない。はっきり言えば、君は足手纏いになる」


 俺の言葉にフェルマリは目を大きくして傷ついた顔をし、「…すいません、出過ぎたことを」と弱々しく呟いた。


 二人の間に沈黙が流れ、パチパチとした焚き火の音だけが森に響く。静寂を破ったのはフェルマリだった。


「…ではあなた一人でなら、勝ち目はあるのですか」


「勝つさ」


「あの山の向こうの炎も魔女の力によるものだと聞いています。そんな存在に、人間が勝てるとは思えません」


 フェルマリが今にも泣きそうな、すがるような目で俺を見た。


「魔女を殺す旅をやめ、私の村に住むことはできないものでしょうか。呪われた島と呼ばれていますが、島の北部では魔物は少なく、みな穏やかに暮らしています。村にはノルディンも喜びます」 


 俺の胸にありし日のノルディンとの思い出が去就する。しかし、彼の家を一緒に訪ねた姉はいない。


 守ると誓った、フィリオリはもういない。


 殺された兄たち、そしておそらく国ごと、炎に包まれたフィリオリ。


 彼女たちはその国の歴史や記憶ごと、この世から消えようとしている

 

 その無念を晴らさずに、平穏に暮らすことなどできるはずがない。


 全てを見下し、おそらく遊び半分に国を滅ぼしたのだろうグリシフィア。


 奴の心臓を死者へ捧げるまで、俺が平穏に暮らすことなど許されない。


「ノルディンには会う。だが君とはそこまでだ」


「フィリオリ様だってきっと、そんなこと、望んでいないのではありませんか」


 唐突に出てきた名前に、俺は一瞬、言葉を失った。


「フィリオリ様は復讐など、望んでいないはずです」


「待て。なぜその名前を知ってる?」


「ノルディンが語る物語には、フィリオリ様の話もあるのです。あなたは200年前、フィリオリ様を守り抜いたのでしょう?」


「守れてなどいない!」


 俺は大きな声を出した。


「ノルディンがそう言ったのか?だがあいにく、俺はフィリオリを守れなかった。フィリオリもでの炎に焼かれ、命を落としたはずだ」


 俺は山の向こうで燃え続ける炎を睨みつけた。フィリオリの最後を、体が焼ける苦しみを思うと気が狂いそうになる。


「それはおかしいです」


 フェルマリが言った。


「おかしいのはノルディンの話だ。彼は俺を英雄にしたかったようだが、あいにく俺は国も、家族も守れなかった。そして今はこの体たらくだ。200年もかけて、魔女一人殺せずに彷徨っている」


「ランス様は、フィリオリ様の最期を見たのですか?」


 俺は記憶を辿る。俺が今際の際いまわのきわで見た光景は、這いつくばる俺を見下ろすグリシフィア、そしてグリシフィアの魔法で空中に磔にされている、気を失ったフィリオリ。


 炎の中、双子のような二人が並び立つ光景。

 その光景を最期に、俺の命はグリシフィアによって刈り取られた。


 だから俺は確かに、フィリオリの最期を見ていない。


 見ていないが、あの状況で助かるはずが…


 俺はフェルマリの顔を見た。フェルマリが頷く。


「フィリオリ様は炎に焼かれてなどいません。生きて、私の村まで辿り着きました。その証拠に、フィリオリ様の血縁も私の村に今も住んでいるのです。銀の髪をした、白狼の民です」


次回は木曜の予定です。

頑張って書き上げるつもりですが、どうしても間に合わないときはごめんなさい。

お付き合いいただければ幸いです。

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