48. 願いと物語(前)
長くなったので、
前・後で分割します。
後編も本日投稿します。
炎の回廊の先の通路には灯りはなく、進んでいくうちに炎の灯りも届かなくなり、真っ暗になった。だが、フェルマリは迷うことなく進んでいく。人間にとっては暗闇でも、エルフは見通すことができるらしかった。
俺はフェルマリに手を引かれながら、暗闇の中を歩いた。足元はゴツゴツとした岩場であり、俺は何度もつまづきそうになるも、そのたびに暗がりから声がした。
「ランス様、大丈夫ですか?」
「問題ない」
そんなやり取りを何度か繰り返して、1時間ほど歩いただろうか。気がつけば緩やかな上り坂になっている。
「ここまで来れば、もう少しです」
通路の先からわずかだが光が差しているのが見えた。進むたびにそれは近づいてきて、出口を覆う蔦をナイフで払って、洞窟を抜けた。
外に出た瞬間、久々の陽光に目が眩み、俺は腕で顔を庇った。冷たい風が吹きつけ、露出している頬や鼻を容赦なく冷やした。風は海の香りがし、遠くで波の音がする。
目が慣れてくると、あたりは短い草が生えた草原だった。右手の切り立った崖の先には海、左手と後方には切り立った岩山が見えた。日はもう高く、もうすぐ正午といったところか。
「あの岩山の向こうが、俺たちが落ちた場所か?」
「そうです。私たちの落ちたところはこの島全体の南東で、ここはそこから北にいった場所です。あの切り立った山と崖で、お姉さまの元へは戻ることはできません」
俺は頷く。キャスリンのことは心配だが、今、できることはない。それどころか、この酷寒の地で装備も心許無く、自分たちの身すら油断ならない状況だった。
海から落ちたとき、腰の下げたパックだけしか身につけておらず、中には非常食の乾パンと干し肉が少々、火打石などの火を起こす道具、ナイフ、水筒程度しか持ってきていない。
海水を吸った乾パンは食べれそうもなく、非常用の干し肉はフェルマリと分けて食べたが、塩辛く、喉が乾きを覚えて数口でやめた。水筒の水も、残りはコップ一杯分程度しかない。このままでは寒さだけでなく、飢えや乾きで動けなくなりそうだ。
「あちらの森に泉があったはずです」
フェルマリが左前方を指差した。そのとき、彼女の耳がぴくりと動いたかと思うと、人差し指を口の前に当てて静かにするように言った。俺が動きを止めてあたりを見回すのと、フェルマリが弓を射るのが同時だった。
「ピギャ」
矢は飛んでいき、小動物に当たった。フェルマリが駆けていき、長い耳を掴んで持ち上げる。
「雪ウサギがいました」
「気がつかなかった。さすがだな」
「いえ、このくらい」
冷静に努めているが、頬が緩んでいた。船の上で見せていた張り詰めた様子とは違って、10代の少女のように見えた。
背の高い針葉樹の森の木々の間に、土を踏み固めた道が通っており、歩いていくと泉が見えた。泉の表面は氷に覆われていたが、ブーツで簡単に割ることができ、水筒を入れて水を汲んだ。水温は冷たく、金属製の水筒も氷のように冷えていた。
泉からさらに少し進むと森がひらけて広場になっており、日の光がよく通っていた。厳しい寒さにあって、太陽の暖かさはありがたい。俺たちはここで休むことにした。
二人で集めた木の枝や枯れ葉に、俺が火打石で火をつけた。枝はよく乾燥しており、簡単に焚き火にすることができた。火をつけている間にフェルマリがウサギを捌き、肉片を枝に刺して火にくべた。
俺は切り株に腰を下ろし、久しぶりのまともな食事を噛み締めた。肉は表面が少し焦げてパサついているが、空腹に勝るスパイスはなく、美味かった。
フェルマリの方は頬張りながら、俯いていた。その頬から涙が一筋落ちていく。
「すいません、涙など」
フェルマリは顔を隠し、慌てた様子で立ち上がった。俺はその手を掴む。
「どこに行くんだ。ここまでほぼ飲まず食わずだったんだ。火に当たって体を休めてくれ」
「そんなこと…言われましても」
「君にはたくさん助けられた。泣くことくらい、恥ではない」
俺の言葉に一瞬驚いた顔をして、その翡翠色の瞳から余計に大きな涙が溢れ出した。フェルマリは顔を抑えて、
「ランス様は意地悪です。そんなことを言われると、余計、涙が出てきます」
「そういうものか、すまないな」
俺は視線を逸らし、フェルマリが落ち着くのを待った。立ち並ぶ針葉樹、短い草に混じって、小さく群れて咲く青い花が揺れている。それはいずれも見覚えのあるものだ。俺は一瞬、時が戻ったような錯覚を得た。
「まだ小さい、子供の頃だ。冬の嵐に巻き込まれて遭難しかけていたことがあったんだ。そのときに、ノルディンに助けてもらった」
と、そこまで話し、俺は我に帰った。そんなこと話しても仕方がないだろう。しかしフェルマリは真剣な目でこちらを見て、続きを話すのを待っている。しょうがなく、俺は話し始めた。
「それが初めての出会いだった。俺には父親がいなかった、いや、正確には王城に住んでいて、子供の頃は顔すら知らなかった。そんな俺にとってノルディンは父親のようなものだった」
ノルディンにはナイフの使い方から火の起こし方まで、あらゆることを教わった。その経験が今でもこうして、俺の役に立っている。フェルマリは抱えた膝で口を隠しているが、その目が嬉しそうにこちらを見ている。
「どうした?何かおかしなことを言ったか?」
「ランス様もノルディンに育てられたのだったら、私にとってあなたはお兄さんですね」
「そうか?」
「そうです」フェルマリが肯定する。
「血の繋がりはなくてもか?」
「私とノルディンも血の繋がりはありません。けれど、私を拾って育ててくれた、彼のことを父親だと思っています。ランス様と一緒です」
確かにそうだな。俺は唐突にできた妹の顔を眺めた。そして、同じく血のつながりのない自称姉、キャスリンのことを思い出した。
しかしフェルマリは不意に俯いて、声の調子を落とした。
「でも私はあなたに矢を向けました。そんな私があなたを兄などと」




