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42. 暗い底より来たる

11.25 タイトル微修正


「ジョイル!何かいるぞ!」


 俺はジョイルを見つけ、声をかけた。ジョイルも腰の剣を抜いていた。


 見慣れない形状の剣で、広い刀身の鍔の両側に鉤爪のような刃がついている。その柄からは鎖が伸びており、剣を左手、鎖を右手に持ち構えていた。


「ああ、わかってる。船の右舷で、部下が一人突然叫んで、消えやがった」


「左舷にもいたぞ。海賊が一人、引き摺られて海に消えた」


 俺とジョイルが同時に息を吸い込み、


「みな、中央に固まれ!敵だ!」


「野郎ども!中央に寄れ!敵がいる!」


 同時に叫んだ。俺、ジョイル、キャスリン、他4人の海賊が、お互いの背中を守りながら剣を構える。


 すると、舷側から黒い何者かが這って現れた。形状は人型に近く、色はどす黒く、その背中や腕には魚のヒレがついていた。そして何より、その顔を見てキャスリンが悲鳴を上げる。


 昆虫のような大きな赤い目に、そして口から触手のような何かの器官を伸ばしている。その先にはギザギザの牙が見えた。


 黒い半魚人は突如、その長い口の触手をこちらに伸ばしてきたかと思うと、それは海賊の一人の足の巻きつき、そのまま夜の海の方に引き摺り込もうとする。触手は鞭のように速く、目で追うのが困難なほどだ。


 俺はナイフを投げ、半魚人の目を貫いた。同時にジョイルが鎖を放ち、その首に巻きつけて自分の方に引き寄せると、左手の剣でうなじを突き刺した。半魚人は力を失い動かなくなるが、その体がわずかに痙攣している。


「助かりやした、お頭」


「まだだ!一匹じゃねえぞ!」


 ジョイルの声を聞きながら、俺は半魚人の目からナイフを引き抜く。心もとない財布で買った貴重なナイフだ、回収できるに越したことはない。


「キャスは船室へ」


「でもランス!」


「速く!」


 俺はキャスリンを短く叱責する。キャスリンは頷いて、


「ランス、中で待ってる。だから、気をつけて」


 俺は頷いて船室のドアを閉めた。見れば甲板には、さらに三匹の半魚人の姿が見えた。奴らは二本足で立ち上がると、顔を左右にカクカクと傾けながら、様子を伺うように昆虫の目でこちらを見てくる。表情は無論、わからない。


「ああ、まったく、臭えな、おめえらよお!俺の船を汚すんじゃねえ」


 ジョイルが悪態をつきながら半魚人の元へ向かった。三匹は一斉に触手を伸ばし、ジョイルの体に絡み付ける。だがジョイルはびくともしなかった。ジョイルは鎖を両手で持つと、ついた剣ごと頭上で回し始めた。


「野郎ども、しゃがめ!」


 その声に慌てて海賊がしゃがみ始める。同時にジョイルが腕を振るうと、鎖は生き物のように半魚人に向かい、剣が1匹の首を刎ね、続け様に2匹目、3匹目の首を刎ねる。


「化け物ども!俺は鉄鎖海賊団の偉大な船長、鎖ちぎりのジョイルだ!命を捨ててえ奴ぁかかってきやがれ!」


 ジョイルが咆哮する。俺は少なからず驚いていた。俺の繰り返される生にあっても、この鎖の技術は初めてみるものだった。鎖を介した威力と速度は凄まじく、正確に首を刎ねる精度も兼ね備えている。これはどれほどの鍛錬で身につけたものか。


 だが、ゆっくりと見物してる暇もなさそうだ。


 背後から隠れていた4匹目がジョイルに飛びついた。と同時に、その首に俺の投げたナイフが突き立つ。怯んだ半魚人をジョイルが力任せに引き剥がすと、床に投げ下ろして頭を踏み潰した。


「ランス、てめえのナイフ、狙いは正確なんだろうな」


「どういう意味だ」


「狙いがそれたら俺に当たってるよなあ!」


「ああ、そう。次は助けねえよ」


 俺はジョイルの近くまで駆けつけると背中合わせに立った。半魚人はさらに1匹、2匹と海から上がってくる。そのとき俺は、ある違和感に気がついた。


「ジョイル!」


「ああ、気づいたか。この船、流されてやがる」


 船はゆっくりとノースティアの海岸、入江に向かっていた。


「碇を下ろし忘れたのか?」


「舐めんな!そんなことはねえ。しかし、こいつらが鎖を切ったのか?鉄でも斬れねえ、船用のでけえ鎖を?」

 

 半魚人の口の触手には牙、手足に長い爪が見えるが、鉄を斬れるようには見えない。


 まだ把握できてない、何かが起きてるな。


 俺は油断なくあたりを見渡した。甲板の上では、にやにやしながらグリシフィアが事態を見物している。そこで俺は、いつもならその背後に控えているエルフの姿が見えないことに気が付く。


 そこでいつの間にか4匹に増えた半魚人たちが一斉に触手を伸ばしてきた。俺は1つを剣で弾き、二つをかわしたが、もう1匹のものが足に絡んだ。俺は剣で触手を断ち切ろうとする。しかし、ゴムのように弾力があって伸び、容易に斬れない。次の瞬間、俺の体が倒され海の方に引きずられていく。


「なるほどな」


 俺は冷静に触手に刃を当てると、最高速で一気に引く。すると刃が通り、触手が切断された。引きずられていた勢いそのまま転がり、俺は触手を切られた本体の方に向かうと、その首に剣を振るった。


 ぐにゃりと、首に当たった剣から弾力のある手応えが返ってくる。触手だけでなく、本体の首もタコのようにしなった。しかし、それは予測できている。


「シッ!」


 息を吐くと共に刃が高速で滑り、その首が宙に舞った。吹き出すヘドロのような血を避けつつ、俺が後方に飛んで船の中央まで戻る。


「やるじゃん、さすが、俺と引き分けた男」


「引き分けじゃねえだろ、俺が勝ってる」


 言いながら、さらにもう1匹の首を刎ねた。勝つには勝ったが、あの時のジョイルは素手だった。鎖を使われたらどうなるか。戦ってみないとわからない。


 その後も何体かの半魚人を切り捨てる。奴らの武器はその職種で獲物を絡め取ることと、触手についた牙、そしてかぎ爪。それだけのようだ。初めは見た目の異形さに面食らったが、不意を打たれて引きずらない限りは大した脅威ではなさそうだ。


「3人1組を崩すな!」


 ジョイルが号令をかける。配下の海賊たちは3人1組になり、お互いが引きずられないように庇いながら戦っている。カトラスや斧を手にして、手こずりながらも半魚人を撃退していく。だがいくら倒しても、奴らは次から次へと夜の海からこの船に現れた。


「おかしい。この船、入江の方に進んでるぜ」


 ジョイルが異変に気づいた。見れは暗い岸壁が少しずつこちらに迫ってきている。


「誰かが入江に舵を切ってるんじゃないか」


「なんでだよ、上陸は朝になってからって俺、言ったよな」


「さあ、本人に聞いてみるか」


 こんなことをする理由があるとすればあいつだけだ。俺はジョイルから離れ、舵がある船尾の方に走った。途中、碇を繋いでいた太い鎖が、鋭利な刃物で切られているのを見つけた。


 船尾に着くと、舵をとる人影を見つけた。向こうもこちらに気付いたようで、暗闇で何かが煌めく。俺が後ろに飛ぶと同時に、足飛んできた矢が足元に突き刺さる。俺は横に転がり、積み上げられた資材の影に隠れた。


「殺意がこもってるな。俺じゃなきゃ、当たってるぞ」


「黙れ、海賊の手下が」


 女の声がした。この透明感のある声は、無論、知っている。


「碇の鎖を断ったのもお前か。舵を切って入江に向かっているな。フェルマリ」


 暗がりから、弓を引き絞るエルフが出てくる。ノースティアの炎に照らされ、長い髪と尖った耳が緋色に染まっている。引き結んだ口と鋭い目つきから、断固とした決意が感じられた。


「お前らを村まで行かせるわけにはいかない。海賊ども、そして、魔女!」


 フェルマリの声で、高台の上でこちらを見下ろすグリシフィアに気がついた。


「フェルマリ、あなたはもっと賢い娘だと思っていたわ。あなたが従順であれば、島の人間に危害を加えるつもりはなかったのに」


「どうしてそんな言葉が信じられる!私の船を襲い、捕らえたのはお前の海賊だ。そして何より、お前は噂に聞く魔女なのだろう!」


 ふふふ、とグリシフィアが笑う。その目がうっすらと銀の色を帯びていく。


「そうだとして、どうするの?あなたに何ができるのかしら?」


 フェルマリの矢が放たれグリシフィアに向かうが、それは途中で軌道を変えると月の方に飛んでいき、闇に消えた。幾度となく見た光景だ。月の引力を操る魔女には飛び道具は通用しない。


 俺はやれやれと、嘆息した。


「なるほど、初めからそのつもりだったか。ここが半魚人たちの縄張りなのも知っていたな。けど残念だったな、あの海賊たち、バカだが思ったよりも強い」


 統制を取り戻して半魚人を次々に撃退している。犠牲は出るかもしれないが、上陸を諦めるほどではないだろう。


 そして、そうこうしているうちに海岸線が迫ってきた。切り立った崖が続いており、このままだと船はぶつかるだろう。


 俺はグリシフィアの方に手を出すな、と目配せした。グリシフィアは頬杖をつき、好きになさいとばかりに手を差し出した。資材の影から出ると、フェルマリと相対する。


「この船を壊させるわけにはいかないな、帰りもある」


「なら、この舵を奪ってみたらどうだ、海賊。いつも弱いものからやっているように!」


「俺は海賊じゃない。ランスだ」


「貴様如きがその名を名乗るな!」


 フェルマリの矢が放たれた。俺が剣でそれを打ち払う。そのまま間合いを詰めると、フェルマリは腰の短剣を抜いた。


 そのまま、剣と短剣の撃ち合いになる。フェルマリを殺すつもりはない。案内人は必要だし、聞きたいことが山ほどあるのだ。狙いはあの短剣だ。


 俺が短剣に向けて打ち込むと、青白い火花が舞った。当たった感触に違和感があり、俺は咄嗟に後方にとんで離れる。


「どうした、離れていてはこの舵は奪えんぞ」


 俺は自分の剣を見ると、大きく亀裂が入っている。


 真銀ルシエリの短剣。ただの魔除けではなく、鉄を切り裂くほどの強度を持っていたのか。次に剣を合わせれば、こちらの方は持たないだろう。


 これで、武器を狙うのは難しくなった。なら、どうするか。


 出たとこ勝負だな。俺は突進して、再び剣を振るった。フェルマリがそれを短剣で受け、その衝撃で俺の剣が手から滑り落ちる。


 予想外だったのか、一瞬、フェルマリの目線が落ちる剣を見た。その一瞬があれば、十分だ。俺は勢いそのままフェルマリの懐に入り、鳩尾に肘を入れ、体重を乗せて弾き飛ばした。華奢なエルフの体が吹き飛び、舷側の壁に激突する。


「しまった、やりすぎたか?」


 俺は駆け寄ろうとして、しかし未だフェルマリの手が短剣を握っているのを見落とさなかった。咳き込みながらフェルマリは立ち上がり、短剣をこちらに向ける。


「今のを食らって落とさないのは流石だな。だが、あれだけ派手に体をぶつけたんだ。満足には動けないだろう。降参しろよ」


「誰…が…死んでも…お前らを村には…」


 そして次の瞬間、フェルマリの足や手に、黒い触手が絡みつくのが見えた。フェルマリがバランスを崩し、床に倒れる。ハッとしてみると、半魚人たちが闇に潜み、近づいてきていた。


 俺はナイフを投げて1匹に当てるが、そこには3匹の半魚人がいた。引きずられていくフェルマリに飛びつくと、その手を掴み、足で踏ん張った。綱引きのような形になるが、相手は3匹、こちらは華奢な女と痩せた子供である。単純な力くらべでは分が悪く、ほとんど抵抗できずに引き摺られていく。


「フェルマリ!短剣で、触手を切れ!」


「今、やるところだ!」


 そのとき、衝撃音と共に船が崖にぶつかった。俺とエルフの体は宙に浮き、そのまま海の方に引きよせられる。


 空が見え、緋色に照らされた雲から雪がちらついている。小さい頃に冬の川に落ちたことを思い出した。冷たいというより、全身と頭がナイフに刺されるように痛んだことを覚えている。こんな北の海に落ちれば、人間など物の数分で動けなくなり、死に至る。半魚人と戦闘どころではないだろう。


 俺は半ば体を海に投げ出されながら、なんとか舷側の端を掴むことができた。反対側の手にはエルフがぶら下がり、そのエルフの手や足に触手が巻き付いている。俺が掴む舷側の木材が軋んだ音を立てた。


 エルフを離せば、俺は助かるか。だが、こいつには聞きたいことがある。死なせることはできない。その時、頭上から声がした。


「あらあら、困ったわね」


 長い髪を押さえながら、グリシフィアがこちらを見下ろしている。


「こんな寒いのに水泳かしら?酔狂なものね。でも冬の海で泳いだら、死んでしまうわよ」


 俺は無言で睨みつけた。魔女はとても嬉しそうに聞いてきた。


「私に助けてほしい?」


 そのグリシフィアに別の半魚人の触手が伸びるが、それは届く前に船の床にめり込み潰れた。半魚人も床にめり込むと平たく広がっていき、やがて潰れて黒い染みとなった。その様子を全く気にもとめず、黒い瞳は俺に注がれている。


「あなたの命乞いを聞いてみたいわ」


「誰がするか、悪趣味な魔女め」


「ここで死んだら賭けは私の勝ちよ。約束は違えないでね」


 掴まっている俺の指を、グリシフィアの指が優しく撫でた。その瞬間、エルフの体が強く引っ張られ、俺の手が船から離れる。なすすべもなく落ちていく俺に、グリシフィアがにこやかに手を振った。奴の声は聞こえないが、言っていることはわかる。


 さようなら、ランス。また会う日まで。


 次の瞬間、俺の体が海に落ち、暗い海の底へ引き摺り込まれていく。


ちょっと長めになってしまいました。

余談:水温0-5度だと意識不明まで15-30分、30-90分で死亡だそうですね。


<月木更新>

次回は月曜になります。

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