表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/163

36. 掌(てのひら)

一部文章を修正しました。内容は変化ありません。

 ムーングラスプ家には伝説があった。


 昔々、港の小さな金物屋の主人に過ぎなかったある男の元に銀髪、銀眼を持つ美しい娘が生まれた。その娘は港町のあらゆる男たちを虜にし、その娘の元に富が集まってきた。その富を元に、武器商人としてのムーングラスプ家初代が誕生したのだ。


 それから度々、ムーングラスプ家には銀髪銀眼の美しい娘が生まれるようになり、その都度、巨万の富がムーングラスプの元へ集まったのだという。


 俺がその令嬢を見たのは二度目の生だった。海賊たちの下っ端として海を渡ったことがある。その時に、海賊たちを支配しているムーングラスプ家と、その美しい令嬢を見かけた。


 黒髪に黒いドレスの美しい少女は、姉、フィリオリとそっくりな容姿をしており、見間違えるはずもない。彼女は自分を殺し、ノースティアを滅ぼした魔女グリシフィアだ。その姿は初めて見かけた時とまるで変わらない。


 その新月の夜に魔女の寝室に忍び込み、暗殺を試みるが、あっけなく返り討ちにされた。短剣を構えた俺が襲いかかると同時に、闇が形をなして黒い槍が現れ、俺の心臓を串刺しにした。もちろん致命傷だ。まさに命を失いかける俺に向けて、魔女が言った。


「あら、もしかして…あなたなの?ランス」


 魔女の細い手が顎を掴み、近くに引き寄せて目を覗き込んだ。俺は咳き込んだ血痰をグリシフィアに向けて吐き出すが、それは届かずに空中で霧散した。


「本当に、生まれ変わって私を追いかけてきたのね。けど、乙女の寝室に忍び込むのはよくないわ。びっくりして殺してしまったもの」


 魔女は妖艶に笑った。


「さようなら、ランス。もし次に会えたなら、ゆっくりとお話ししましょうね」


 ムーングラスプに富をもたらしたという代々の娘は全て、グリシフィアなのではないかと考えた。魔女は永遠を生き、決して変わることのない生き物だ。少なくともこの200年、グリシフィアは公には身をほとんど表さないものの、ムーングラスプの令嬢として居座っている。


 俺は大陸の各地で生まれ変わるたびに、ミッドランドにあるムーングラスプの館を目指した。そこには決まってグリシフィアがおり、待っていたかのように微笑むと、言った。


「この部屋が血で汚されるのは困るわ。決闘する場所は選ばせて」


 大体は、月がよく見える草原が選ばれた。グリシフィアは俺に会うたび、よく喋った。眠ることができない夜の長さ、永遠の生の果てしなく続く退屈、眠るたびに意識が途切れる人間への憧れ。だいたいは魔女の戯言として俺は聞き流した。しかし、とある日の魔女の言葉は違った。


「あなたはフィリオリを愛していたの?」 それを聞いた俺はこめかみが脈打ち、髪が逆立つような感覚を覚えた。


「それを聞いてどうする。フィリオリはお前が殺したんだろう」

「あら、そうだったかしら」


「魔女め!」


 そこからは覚えていないが、記憶が途切れて次の生が始まったことから、俺は敗れたのだろう。




 ※




 そのグリシフィアがまた、俺の前に立ち、その心臓は俺の剣の間合いだ。俺は心拍数があがり、顔を伏せる。煮えたぎる心を冷ますように、俺は大きく息を吸い、吐いた。


 今、グリシフィアの心臓を貫いたとして殺すことはできない。

 鉄の武器では魔女を殺すことができない。繰り返される魔女との戦いで学んだことだ。


 唯一、傷を負わせる可能性がある真銀ルシエリ。それを手に入れるため、魔女の船に乗ってノースティアに行かなくてはならない。


「これは随分散らかしたわね」


 グリシフィアが周囲を見渡す。

 ジョイルが散乱させた家具は無惨な木片や瓦礫としてあたりに散乱していた。


「いやあ、すまねえ。言い訳のしようもねえわ」


 はっはっは。ジョイルが笑うが、グリシフィアは目も向けなかった。


「構わないわ。どうせこんなことだろうと、紛い物しかここには置いていないもの。それで、この子は一体なんなのかしら?」


「こいつは護衛だ。船に乗せる」


 ジョイルの言葉に、俺は正式に船の護衛として選ばれていることに気がついた。


「あなたも船に乗りたいの?」


 グリシフィアが話しかけてくる。俺がランスだとは気づいていないようだ。俺は感情を押し殺し、答えた。


「はい」


「あなたまだ、子供でしょう」


「はい。けれど、あなたの護衛はその子供以下のようですね」


「おいおい、お前、勝った気でいやがるな。まだ勝負はついてねえだろ」


 すごむジョイルを片手で制して、グリシフィアが俺の顔を見る。


「なぜ船に乗りたいの?」


 魔女を殺すための真銀、とはもちろん言わない。


「莫大な報酬が出ると聞きました。先日、育ての親が死んだのです。姉のためにも、俺が稼がないといけない」


 その言葉にハッと、キャスリンがこちらを見た。「私のためだったのね」感動している自称姉に少しの罪悪感を覚えた。


「行き先は呪われたノースティアよ。生きて帰れるか、わからない」


「構いません」


 死は俺にとって問題ではない。繰り返される敗北が問題なのだ。

 

 全てはお前に勝つためだ、グリシフィア。


「イフリートの伝説は本当よ。あの島に居座っているわ。炎の魔人に、おそらく人間には近づくことすら難しいでしょうね。人間は火で簡単に死んでしまうから」


 その簡単に死ぬ人間たちが誰のことを指しているのか俺にはわかった。


 炎に包まれる俺の故郷でたくさんの人間が声も出せずに死んだ。この魔女はその中心にいて、全てを見下していた。押さえていた俺の呼吸が早まる。剣を握る手に自然に力が入り、震える。その様子にグリシフィアが言葉を続ける。


「恐れるのは無理もないわ。火で死ぬのは苦しいらしいものね」


 その言葉に俺は思わず顔をあげ、睨みつけた。グリシフィアに詰め寄り、顔を近づける。


「俺はイフリートなど恐れません」


「へえ、どうして?死ぬのが怖くないの?」


 死ぬのは怖くない。そんな感情は、この怒りがとっくに焼き尽くし、灰燼と化していた。


「俺の剣はイフリートにだって届きます。なので俺は死にません」


 いくら時間が掛かろうと、何度生を繰り返そうと、俺は魔女を滅ぼす。必ずだ。だから、イフリートなんていう、魔女の眷属などに怯んでいる暇はない。だが、それを聞いたグリシフィアが吹き出した。つられて、海賊も笑い出す。


「ジョイル、あなたとんでもない坊やを連れてきたわね。あなたがイフリートに勝てるとは到底思えないけれど。あなた、名前は?」


「ヴィンスです」


「ヴィンス、そこまで言うのなら、あなたに命じます。見事、イフリートを打ち取り、その角を私に捧げなさい。それが船に乗る条件よ。さあ、誓えるかしら?」


「誓います」


「もし約束を違えたら?」


「お嬢様がお好きなようにしてください」


「なら、あなたを生涯、私の奴隷にするわ。奴隷は主人には絶対に逆らわないし、私の願いは全て叶えるの。それで構わない?」


「いかようにでも」 


 そこでグリシフィアの方もさらに顔を近づけてきた。息のかかるような距離で、俺の瞳を覗き込みながら言った。


「本当にいいのね。生涯、というのはあなたのではないわ。私の生涯よ」


 そこでグリシフィアの言っている意味がわかった。グリシフィアの生涯において、それはつまり、永遠の奴隷となることを意味する。今まで何度となく見た表情。それは俺の死を見送るときの顔。俺の全てを見透かそうとするような目。


 全ては奴のてのひらの上か。 だがそうだとしても、ここで屈するわけには行かない。


「誓おう。あなたの生涯の終わる時まで、奴隷にでもなんでもなってやる」


 そのときは俺の手でお前の生涯を終わらせるまでだ。


「ふふふ、これで約束は交わされた。楽しみだわ」


 グリシフィアは自らの額を指差し、そして円環の模様を描いた。それが何を意味するのか、俺にはわかった。


 俺の額には、怠惰の魔女による荊の円環紋様が刻まれている。奴は明らかに、俺がランスだと気がついているようだ。わかっていて、俺を挑発している。


 いいだろう、乗ってやる。イフリートの角など、その首ごとお前に叩きつけてやる。


「おいおいグリシフィア、なんだよ。奴隷が欲しかったのか?だったらこの前のエルフみたいに俺がいくらでも捕まえてやるのに」

 

 不意に話に入ってきたジョイルを、グリシフィアが道に落ちている吐瀉物を見るかのような視線を送った。しかしそんな目つきに気づいているかそうでないのか、ジョイルが言葉を続ける。


「それに奴隷ならすでに最高のやつがいるじゃねえか。お前の魅力にやられちまった、恋の奴隷さ。俺はお前のためなら死ねるぜ。いつでもだ」


「そう、なら早急に頼みたいわ。一刻も早く」


 早口で言うと、グリシフィアは背中を向け、身震いした。そのまま振り返らず、ドアの外に出ていく。はっはっは。ジョイルが笑って俺と肩を組んだ。


「聞いたか、俺に早く死ねってよ。たまんねえなあ」

 

 俺は驚いて、嬉しそうにしているジョイルを見た。全てを思い通りにするあのグリシフィアが、明らかにこの男を避けて撤退していった。奴にも苦手なものがあるのか。


「ジョイル、俺はお前を見直したぞ」


「あ?なんだ、ようやく俺様のカリスマに気づいちまったか?」


「お前、おそらく魔除けとしては一級品だ」


「あぁ?どういう意味だ?」 


 こいつはただの馬鹿ではない。あの傲慢の魔女ですら遠ざける、一級品の馬鹿なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物語を気に入って頂けた方、ブックマークや☆☆☆☆☆の評価などで応援お願いします。 感想などはお気軽に〜。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ