34. 赤髪の志願者
そして数日後、ムーングラスプ家は大々的に呪われたノースティアに向けて船を出すことを宣言した。同時に、未知の魔物に臆しない勇敢な護衛の募集が開始される。
選抜はジョイルが任されている。彼の出した条件は3つ。
「強えこと、びびらないこと、躊躇わないこと」
行き先はこの200年、大陸の人間にとって未踏の場所だ。単に強いだけでなく、臆することなき心や、危機の際の判断力が重要だと考えている。それを兼ね備えているかどうか、ジョイル自らが面接を行い、確かめるつもりだった。
だが、案の定というかなんというか、なかなか条件に見合った人物が現れない。そもそも最初の「強い」という条件の時点で、ほとんどが見掛け倒しの奴らばかりだった。
「日頃からオカにいる奴らなんて、こんなもんなのかねえ」
ジョイルは1日目にしてすっかり飽きてしまい、二日目にはすでに飽きて飲屋街に出掛けに行ってしまった。ジョイルが不在の間は副船長であるバラグが担当することになっている。
バラグは日に焼けた顔に幾つもの切り傷を抱えた海賊前とした40代の男で、先代の頃から可愛がってもらっている。彼は海賊に珍しく実直な男だった。
しかしそんなバラグから見ても、使えるものはほんの一握りだ。自信がありそうなものと何人か手合わせをしてはみたが、まるで相手にならない。強さや度胸にしても、妥協して集めるほかはないか。
そこでバラグが、次の面接の人物がなかなかやってこないことに気がついた。どうも外の様子が騒がしい。
やれやれ、荒くれどもが揉めてやがるのか。血の気が多い人間を集めているのだ。そういうことがないと考える方がおかしいだろう。バラグが止めるべく部屋を出て、玄関の方に向かう。
「話が違うじゃない!どういうことよ、このインチキボウズ!」
騒いでいるのは荒くれ野郎ではなく、一人の少女だった。
「話が違うじゃない!どういうことよ、このインチキボウズ!」
「そ、そんなこと言われましても」
見たところ、口論しているのは一人の栗毛の町娘と、神聖教会の神父らしき貧相な男だった。
「おい、てめえら!ここはかの偉大なムーングラスプ家の敷地前だぞ!痴話喧嘩なら他所でやりやがれ!」
門番の海賊がたまらず大声を出す。しかし、少女は怯まなかった。
「元はといえば、あんたが入れてくれないのが悪いんじゃない!」
「あのな、ここは強い護衛を募集している場所なんだよ。いつ、誰が旅芸人を募集したってんだ?ああ?」
「おい、天下の往来で騒々しいぞ。何があったんだ!」
バラグが外に出て、仲裁に入る。
「あ、バラグさん。すいません、こいつらが聞き分けが悪くって」
「ああ、バラグさん!」
神父が顔を輝かせ、手を振る。バラグは首を傾げて、
「誰だ?」
「やっぱりあんた、出鱈目だったのね!」
少女が神父の胸ぐらを掴んで凄んだ。
「何が私にかかれば面接くらい通る、よ。さっきから全然、顔が効かないじゃない。あんたのやったこと忘れてないからね、今からでも役人に突き出してやろうかしら」
「そ、それだけはご勘弁!バラグさん、私ですよ!思い出してくださーい!」
神父が涙目で懇願する。バラグは少し考えて、「ああ、あのなんとかって、サウスティアの傭兵崩れと一緒の」なんとなく思い出した。
「確か、なかなか腕が立つやつだったな。今日は一緒じゃないのか?あいつなら歓迎するぜ」
「そ、それが事情があってですね。今日は別の人を推しにきたのです」
「あいつくらい腕の立つやつか?そりゃあ、助かる。で、そいつはどこにいるんだ?」
神父のそばには先ほどの威勢のいい少女と、そして背の低い赤髪の少年がいるだけだ。
「それが、その、ここにいるですね…」
「そうよ!ここにいるラン…じゃなかった、ええと、ヴィンス!彼こそ、船の乗るのに相応しい男!とっても強いんだから!」
※
「とっても強いんだから!」
いうと同時に、キャスリンが俺の腕を引っ張って強面の男、バラグの前に立たせた。
「お前が志願者だあ?」
バラグが俺に顔を近づける。日に焼けた男の顔にはいくつもの切り傷があり、相当な強面然とさせている。その迫力にキャスリンが慌てて、俺の後ろに隠れた。
「そう!ね、そうよね、強い…のよね、ラン…ヴィンス?」
キャスリンはしどろもどろになりながら俺に声をかけた。今回、考えがあってランスという名前を伏せることにしているが、嘘に慣れないキャスリンはいつも本名を言いそうになる。
「おい、神父。こっちは若に選別を丸投げされて、ただでさえ忙しいんだ。冗談を相手にしている暇はねえぞ」
「いえ、その、この方は確かに子供に見えますが、それはその…」
「ああ?聞こえねえよ、もっとはっきり喋れ」
「いぇ、その…」
神父の方も完全に目の前の男の凄みに飲まれていた。この神父、威勢がいいのは自分より弱いものが相手の時だけらしい。俺はため息をついた。
「そうだよ、俺が志願者だ。名前はヴィンス。ノースティアに行くんだろ?俺も護衛として乗せてくれ」
埒が明かないので自分で話すことにした。するとバラグが値踏みするように俺の頭から爪先までを見て、
「ただの痩せたガキにしか見えねえな。お前、わかってんのか?呪われたノースティアだぞ。生きて帰ってこれる保証はねえんだ」
「知ってるさ。募集もしっかり見てきた。それで、どうすればいい?ここであんたとやり合おうか?」
「おいおい」
バラグが手を俺の頭の上に置いて、諭すように言った。
「世間知らずは若さの特権だが、俺が誰だか知らないのか?鉄鎖の海賊団の副長といえば、その辺のゴロつきが小便ちびりながらママんところに逃げ帰るぜ」
「鉄鎖の海賊団は知ってるが、あいにくあんたのことは知らない。あんたの名前を知ってることも募集要項のうちか?どうやら探してるのは腕のいい護衛ではなく、仲良しクラブのメンバーだったようだな」
「挑発はそれくらいにしとけよ。俺たちも一応、舐められたらオワリの商売だからな。それ以上はガキだって容赦できねえ。痛い目を見ることになるぞ」
バラグの手が俺の頭を掴み、指が食い込む。しかしこいつの方こそ、俺のことを子供だと思って舐めているようだ。掴まれているこちらからは、やつの腕の動脈や腋窩までがガラ空きだ。俺が腰のナイフをぬけば、一瞬でこいつを葬ることができるだろう。頭を掴まれらまま何気なく視線をバラグに向けると、奴はビクッと手を離し、俺から間合いをとった。警戒した顔をして、その手が腰の剣に伸びている。
「おいおいバラグ」
俺の背後からでかい声がした。振り返ると、バラグよりも二回りほど大きい男が立っていた。バサバサの黒い長髪を無造作に後ろに束ね、筋骨隆々の上半身に直接黒いチョッキを着ている。何より目につくのは、ごつい鉄の鎖を右腕に何重に巻き付けている。
「天下の鉄鎖海賊団がよ、ガキ相手に何やってんだ」
「若!帰ってきたんですかい?」
「酒場の親父がぎっくり腰だってよ。店、開いてねえでやんの。んで、何、こいつが志願者なの?」
「いえ、こいつは…」
「だよなあ!こいつ、旅芸人のガキじゃねえか。僕ちゃん、おじさんたち忙しいんだよ。早く帰りなさい。お姉さんの方は、へえ、驚いた。ずいぶん可愛いお嬢さんだね。今から俺と飲まないか?」
「誰が!あんたみたいな昼間から飲んだくれてるダメ男なんてお断りよ」
「おいおい聞いたかよ。俺がダメ男だってよ!ははは、面白え。まあいいや、可愛い姉ちゃんに免じて中に入れてやるよ。面接を受けるんだろ?」
言うが早いが、若と呼ばれた男は俺の肩に手を回して、館の中に誘導した。馴れ馴れしい奴だが、まあ結果、中に入れそうだからいいだろう。海賊たちに囲まれて、キャスリンは不安そうな顔で俺の方を見る。
今更、そんな顔されてもな。俺はここに来ることは反対したのだ。しかし、どうしてもついて行くと言って聞かなかったのだ。
俺たちが通されたのは、赤いカーペットが敷き詰められたなかなか良い部屋だった。中央には年代物の樫の長テーブルが置いてあり、それを挟んで格式の高そうな椅子が置いてある。若と呼ばれた大男はどかっと座り込むと、足を組んでテーブルの上に載せた。その隣に副長のバラグが立ち、さらに数名の海賊が周りに立ち並んだ。
「俺の名前はジョイル。この鉄鎖海賊団の頭目だ」
ジョイルは中につくなり自己紹介した。こいつが頭目?今度は俺の方が少し驚いた。鉄鎖海賊団といえば大陸でも名の知られた海賊団であり、長い歴史を誇っている。こいつの年齢はまだ20代と言ったところだろうが、頭目にしては若すぎる。しかしジョイルの視線は俺ではなく、キャスリンの方に向けられている。彼女の方は嫌悪感を丸出しにして腕組みをし、そっぽを向いている。
「はは、気が強い女!おっと、そういや面接だったな。ええと、まあ、不採用」
俺の方に目もくれずにジョイルが言い放った。




