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33. ムーングラスプの宣言

 その日のジョイルは北の海でせっせと海賊行為に勤しんでいた。北の海は交易も少なく、大した稼ぎにならないため、競合の海賊は少ない。だが、あらゆる海の珍しいお宝をいただくことを信条にするジョイルは、時々、思い出したようにこの海域も仕事場にすることにしている。


 そして、ついにその日、思いがけないお宝を引き当てたのだった。何気なく見つけて襲った漁船だったが、その造りが大陸のものでないことにすぐに気がついた。乗組員はほとんど非戦闘員で、ただ一人、真っ白なフードを被った小柄な人間だけがこちらに抵抗してきた。


 そのフードはすばしっこかった。船上での戦闘に慣れた海賊たちを持ってしても触れることができず、縦横無尽に飛び回りながら、構えた弓で正確に矢を射ってきた。腕や脚を射抜かれ、何人もの海賊たちが武器を落とした。

「やるな」

 ジョイルがつぶやいた時、潮風に煽られてフードが飛ばされた。下から現れたのは、美しい金の髪の女性で、その耳は大きく、尖っていた。


「おうおう、そこまでだ!」

 仲間の海賊が向こうの船に押し入り、乗客たちを人質にする。

「卑怯な!」

 女性は抗議するが、相手は海賊だ。下卑た笑い声を上げるだけだった。

 ジョイルは、彼女がおとなしく投稿することを条件に、他の人間は全て無事に逃してやることを提案した。彼女は渋々頷き、弓と矢、短剣を地面に落とした。


「約束を違えるなよ。武器はなくとも、私には風の魔法がある。もし他の乗客に手を出せば、その何倍もの損害をお前らは被ることになる」


「俺たちは偉大な鉄鎖海賊団。俺はその偉大な船長のジョイルだ。魔法なんてちらつかさなくても、小娘との約束ぐらい、きちんと守るさ」


「人質をとっておいて、偉大も何もあるものか」


 吐き捨てるように少女が言った。ちげえねえな、とジョイルが笑う。

 方法はどうあれ、結果的には、手だれの少女を傷ひとつなく生け取りにすることができたのだから万々歳だ。あのまま戦っていれば、少なくともこちらの怪我人はさらに増えただろう。耳の尖った種族は大陸にはおらず、珍しかったので、ジョイルはムーングラスプ家の令嬢に献上することにした。


 ジョイルたちは応接室に通され、そこではいつものように黒を基調にしたドレスを着て令嬢が座っていた。出会って数年経つが、その容姿はほとんど変わったように見えなかった。


「あなた、エルフね。名前はなんというの?」


 令嬢が尋ねた。エルフはたった一人の囚われの身で後ろ手で縛られているにも関わらず、落ち着いた声で「フェルマリ」と答えた。


 ジョイルや他の海賊たちは北の海域から東の海まで様々な場所に行ったことがあるが、エルフという種族は初めて聞いた。だが、深くは追及しないし、興味もない。しかし令嬢は興味を持ったようだった。


 エルフ、フェルマリは北のノースティアに住んでいたらしく、そこから昔話に聞いた外の世界に興味を持ち、南下中にジョイルの船に捕まったのだという。


「この海域は滅多に海賊が出ないと、聞いていたのに」


「そりゃ悪かった。俺は世にも珍しい勤勉な海賊でね。新しい狩場を常に探して回ってんのさ」


 悔しそうなエルフの眼差しをジョイルは涼しい顔で受け流した。


 フェルマリの装備で目が引いたのは、見たことのないほどに輝く銀の短剣だった。これは大陸にない素材、真銀<ルシエリ>というもので出来ているらしい。


 そして白いマント。雪白蝶の繭の糸で編まれた、この世で最も白い純正白をしており、旅の埃に塗れているはずだがその白さはまるで失われていない。


「ノースティアに行けば、これらの品物がまだ手に入るかもしれないわね」


「無駄だ。この短剣は父から譲り受けたもので、製法は知らないと言っていた。このマントにしてもそうだ」


「それを証明できるかしら?まあ、どちらでもいいわ。実際にノースティアに出向いて確かめれば済むことだから」


 令嬢がふふッと笑う。フェルマリが顔色をなくし、


「島を襲うつもりか?海賊どもを率いて!」


「あなた、勘違いしないでほしいわ。私たちは一応、商人なの。もし価値あるものがあるなら、それ相応の対価を払うつもりよ。あなたには、島までの道案内を頼もうかしら」


 令嬢の部下の黒い服をきた男たちが、金貨の詰まった木製の箱を持ってくる。


「勘違いしないでね、これは前金。無事に着いた暁には、さらに同じ額を出すわ」


「金などいらない。お前たちが村を襲わないという保証がどこにあるのだ」


「なるほど、確かにそうね。それに、別に無理に道案内を頼むつもりはないわ。けど、少し考えてみなさい」

 令嬢はフェルマリに近づくと、その頬に手を添えた。黒い瞳に吸い込まれそうな気がして、彼女が一歩、後退りする。


「もう、ノースティアに人間がいることは知られてしまったの。火のついた人間の欲望は、誰にも止めることはできないわ。あなたがいようがいまいが構わないけれど、私があなたのご家族にお会いしたとき、少しでも機嫌が良い方がお互いのためだと思わない?」


 エルフが言葉を失った。つまり、従うより他はないのだった。


「いやあ、さすがはお嬢。相変わらず、鮮やかでえげつねえ」


「ジョイル、あなたは相変わらず気持ちの悪い男ね。そこで鼻の下を伸ばして突っ立ってる暇があるなら、少し働いてもらえるかしら?」


「あんたからの頼み事?珍しいな、もちろんだぜ」


「ノースティアは伊達に、呪われた島と呼ばれていないわ」


 200年の間、その中心から炎をあげ続けていて、そこには火を絶やさぬように番をする炎の魔人<イフリート>がいると伝えられている。


「もし魔物がいるのなら、あなたたち海賊だけでは心許ないわね。魔物退治のエキスパートが必要よ。護衛のため、少しでも多くの手だれを集めなさい」


「護衛?俺たちに護衛をつけるってのか?」


「バカね。私の護衛に決まっているわ。ノースティアには私も行くの」


「え?マジ」


「久しぶりの遠出だわ」

 

 令嬢は言いつつ、エルフの身につけている白マントを指でなぞった。「素晴らしい逸品ね。まさかまた、この目にすることがあるなんて」フェルマリの方は緊張した面持ちで、なすがままにさせている。


「ジョイル、まだいたの?早く行きなさい」


「お、おう」


 ジョイルは慌てて一礼し、その部屋を後にする。しかしお嬢自らが船の乗るだって?俺の船にお嬢が乗るのか。顔が緩んでくる。


 世界一のいい女を自分の船に乗せる。それはジョイルの夢でもあった。


「しかし夢と心中ってわけにもいかねえからな。気合い入れて人を集めねえと。けどよお、お嬢を任せられるような逸材がこの大陸に居るのかねえ」


 審査は簡単だ。骨のありそうなやつがいたら、片っ端から拳で語り合うつもりだ。大概のことは、拳を交えればわかると考えている。


「まあ、どんなやつが募集に引っ掛かるか、楽しみにしてやるか」


 そして数日後、ムーングラスプ家は大々的に呪われたノースティアに向けて船を出すことを宣言した。同時に、未知の魔物に臆しない勇敢な護衛の募集が開始される。

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