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32. 海賊とご令嬢

「俺を護衛としてムーングラスプへ売り込め。船には俺も乗る」


 その宣言に、神父が真っ白い顔で信じられないといった顔で俺を見る。


「できないのか?」


「た、たた、たしかに、ムーングラスプは人手が足りないと、言っておりました。強い護衛は歓迎されますでしょう。しかし…」


「しかし?」


「あ、あ、あなたの腕前は存じております。しかし、見た目はその…なんというか…」


 俺は言わんとしていることを察し、自分の身なりを見た。たしかに、旅芸人の痩せたガキにしか見えない俺は門前払いかもしれないが、まあ、その時はその時だ。なんとでもなるだろう。


「ランス?」


 キャスリンが心配そうな顔をする。


「キャス、君を近くの街までは送っていく。けれどそのあとは、さようならだ」


「どうして?私たち、たった二人の姉弟でしょ?ベアードやウィルも死んでしまったし、私たち、助け合って生きなきゃ」


「それはできない」


「どうしてよ」


 キャスリンがすがるように俺をみる。「私を一人にするの?」


 その目だ。繰り返される生の中で何度も、この目が俺を引き止める。


 俺は押し黙った。確かに、彼女と二人、生きていくこともできる。

 国や教団が民を守らないこの時代に、平穏に生きるのは難しいだろうが、俺なら大抵のことから彼女を守れるだろう。


 しかし、炎の記憶が蘇り、姉や兄たちの顔が浮かぶ。脳内を焼き付かせるこの炎が、他のすべての感情を覆い尽くした。


「俺はあんたの弟じゃない。たまたま、あんたと同時期に拾われただけの、化け物だ。血だって繋がってないだろう。俺にはやることがある。一緒にいくのは街までだ」


「やることって、ノースティアに行くこと?」


 俺は答えない。彼女は涙目で少し思案している様子だった。やがて目尻を拭ってから、意を決したようにして言った。


「なら私もノースティアに行くわ」


「は?」


 俺は耳を疑った。


「なぜだ。あんたに行く意味はないだろう。それにわかってるのか?ノースティアは」


「呪われたノースティアでしょ?聞いたことくらいはあるわよ。さぞや恐ろしい魔物がいるんでしょうね。想像するだけで、怖くてたまらないわよ。けど仕方ないじゃない」


「何が仕方ないんだ」


「あなたみたいな子供一人だと危なっかしいし」


「どの口が言うんだ。俺がいなかったらあんたの方こそ」


「それにこんなことで、お別れだなんて、嫌だ」


 キャスリンがまた泣き出しそうな目をして俺を見つめた。グッと、俺が息を堪える。こう言う顔をされると何も言えなくなる。


 黙った俺を見て、キャスリンがふっと笑った。


「異論はもうないようね。あんた、そんなところに連れてくからには、しっかり私を守りなさいよね」


 なぜ、そうなる。俺が言葉も出せずに立ち尽くしていると、彼女が戻ってきた馬を見つけて指差した


「お馬さん!戻ってきたみたい!おーい!私、捕まえてくる!」


「あ、おい!道は暗いから用心してくれ!まだ何かいるかもわからん…って行ってしまったか」


「やれやれ、とんでもない、お姉さんをお持ちですねえ」


「姉じゃない」


 馴れ馴れしく肩に置かれた神父の手を払いのけると、神父がぐふふ、と笑った。こいつ、やはりもう一度自分の立場をわからせてやる必要があるんじゃないか。俺の視線に気がつくと、慌てて神父が俺から離れた。


「ほら、ランス。馬、連れてきたわよ。馬車に繋ぐから手伝ってよ」


「あ、ああ。わかった」


 キャスリンはもうさっきまでの泣いていた少女ではなくなっていた。したたかというか、なんというか。本当に、ノースティアまで来るつもりなのか?真意はわからないが、しかし不思議と悪い感じはしなかった。


 まあ、街に着いたら適当に撒けばいいか。


 そんなことを思いつつ、馬の手綱をキャスリンから受け取り、切れた馬車側の手綱に結びつけた。





 時は数年、遡る。


 大陸一の豪商といえば、ムーングラスプ家の名前が挙がるだろう。

 そしてかの家には、度々、美しい娘が生まれることでも有名であった。

 娘は美しいだけでなく、代々、その身内に莫大な富をもたらすとされている。


 そして、彼が今日会う予定なのが、そのご令嬢なのだ。


 しかしそんな話は、話半分にしか聞いていなかった。海賊として生まれた彼は特に女性に不自由しているわけではない。今までたくさんの女と出会ったが、みな、退屈で、男同士徒党を組んで馬鹿騒ぎしている方がずっと楽しい。


 彼は大きな欠伸をしながら、ムーングラスプの応接室のソファーに座り、年代物らしい樫のテーブルに両足を乗せていた。


 彼はまだ若くして、海賊団を率いる頭目だった。先代が世界の海で成したたくさんの子供の一人と言われているが、真の血縁関係は疑わしい。先代と顔が似てなく、母方の血と思われる東洋人の顔つきをしていたからだ。黒い目に意外なほど端正な顔だちをしており、髪は伸び放題で浜風にさらされてバサバサになったものを、無造作に後ろで結んでいた。海賊団はよく東の果ての国ヤトヌイに対しても略奪を行なっていたので、おおかた、そのとき娘に手をつけたのだろう。


 彼は他の屈強な兄弟たちより、さらに二回りほど体が大きく、力も強かった。彼が成人後、いつものように海上で海賊行為に勤しんでいたが、その日は運が悪く、大陸国家の艦隊に出会し、捕まったことがある。船のマストに鉄の鎖で括り付けられ、動くことができない。


 夜になり、見張りが寝静まった頃、彼はその鉄の鎖から脱出した。いや、脱出と言っても特別な技術を使ったわけではない。彼はその膂力を持って、力任せに鎖を引きちぎったのである。そのまま仲間を解放し、寝静まっていた船を直ちに制圧すると、その船を持って故郷に凱旋した。


 この脱出劇は海賊に伝わる初代の逸話と瓜二つで先代は大きく喜んだ。彼を初代の生まれ変わりと信じ、勢いそのまま、跡目を譲る宣言をした。




 そして彼はこの「鉄鎖海賊団」の頭目となり、初代の名前を受け継いで「鎖ちぎりのジョイル」を名乗るようになった。


 ムーングラスプの応接間へ話を戻そう。行儀悪くソファーに座るジョイルの横には、前頭目にして相談役である、父親がいる。


「おい、ジョイル。せめて、テーブルから足を下ろしやがれ。ムーングラスプ家は鉄鎖海賊団に取っても上客だ。ビジネスってのはな、第一印象でほとんど決まっちまうんだぞ」


「ん?ああ、そうか」


 ジョイルは足を下ろそうとするが、遅かった。扉が開き、ムーングラスプ家の小太りの主人と、その令嬢が部屋に入ってきた。


 小太りの主人の方は身なりは豪勢であったが、悪名高き豪商の名に相応しくない人の良さそうな顔をしていた。その主人が何かを言う前に、一緒にいた令嬢が、つかつかとジョイルの方に歩いてくる。


 黒髪、黒目の少女だった。吸い込まれそうなほど深く黒い瞳、形のよい鼻、華奢な顎に薄い色素の唇。髪の色から自分と同じ、東洋の血が入っているのだろうか。ただジョイルは、東洋、いや世界中あらゆる場所において、彼女ほど美しい女性を見たことがない。


 惚けたようにジョイルが口を開けていると、その脳裏に電流が走った。彼の足が思いっきり蹴り上げられたのである。彼女の尖った靴先がジョイルの膝裏にめり込み、膝裏から足先まで灼熱痛が走る。たまらずテーブルから足を下ろしてジョイルが立ち上がった。


「いってえな!何しやがる」


「それはこちらの台詞よ。このテーブルは古い王朝時代のもので、現存の技術で同じものは二度と作れないわ。言うなれば、あなたの命より重いテーブルなの。次にこれに触れてみなさい。あなたの首を捻り切ってあげるわ」


 少女の表情は嫌悪感に満ちており、その声音は有無を言わさずに従わせる圧倒的なものを感じた。ジョイルは胸がざわつくのを感じた。今まで出会ったどんな敵や魔物より、危険なものと相対しているかのような錯覚を覚え、そして興奮を覚えた。この女、なんだかすっげえ面白い!


「お嬢さん、名前は?」


「教えたくないわ」


「そうか、まあ、それならそれでいい。じゃあ、一つだけ、言いたいことがあるんだけどいいかな?」


「駄目よ」


「俺と結婚してくれ!!」


 思わずジョイルは求婚していた。「はぁ?」少女が眉を寄せてさらに嫌悪感を露わにする。


「俺は本気だぜ。あんたみたいな女は初めてなんだ。あんたのためだったら、こんなテーブルよりもずっと素晴らしい、世界中のどんなお宝だって集めてみせる」


「あらそう、でも必要ないわ。今すぐに帰ってもらえる?」


「今はそれでもいいさ。いつか必ずあんたを振り向かせるからな!」


 そのとき、ジョイルの頭に父親から拳骨が振り下ろされ、力任せに椅子に座らさせられた。ムーングラスプの人の良さそうな主人はすっかり青くなり、あまりの自体に目を白黒させている。収集がつかないことを悟ったジョイルの父親が、ぽんと手を打った。


「あ、いやあ、まあ、すっかり打ち解けたところで、顔合わせはこの辺にしましょうかね」


「打ち解けた?どの辺が?私はもう二度と顔も見たくないのだけれど」


「お、おいおい」


 ムーングラスプの主人が涙を浮かべて少女に縋り付く。


「そ、そんなこと言わないでおくれ。鉄鎖の海賊団はもう何代も前から続く大事な商売仲間なのだよ」


「それもこの代で終わりのようね」


「そんなあ」







「はは、懐かしいな」

 それからもう、何年経っただろうか。幸い、ムーングラスプ家との関係は続き、ジョイルは珍しい宝物を見つけるたびに少女に献上していた。ほとんどは受け取りを拒否されたが、続けているうちに5回に1回程度は受け取るようになってきた。少女との結婚は未だ叶ってはいないが、好感度は着実に上がってきている、と勝手に考えている。


 特に今回の献上した品は、これまでと違って彼女の興味を大きく引いた。品といっても物ではない。それは、北の島からやってきたというエルフの少女だった。

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