31. はじまりの島へ
俺は泣き続けるキャスリンの頭を撫でながら、生き残った神父が這って逃げようとしているのを見つけた。
「ああ、生きてたのか」
俺はゆっくりとキャスリンから離れると、足を引きずって神父に追いつき、その背中を踏みつけた。「ぐえ」と蛙のような声が漏れる。
「どこへ行くんだ。元はと言えば、おまえらが馬車を襲ったのが元凶だったな」
「ヒイィ、命ばかりば!いのぢばがりばぁ」
「お前の態度による」
俺は冷酷に言い放った。正直、悪人の命などどうでもいい。
「質問に答えろ。お前はあの死体どもを見て、魔女の眷属と言っていたな。魔女の眷属とはなんだ?」
「ああ、そべべすか。ばぼぼのけんぼくとバァ」
「何言っているかわからん。まずは血を拭け」
俺は神父の衣服を力任せに引き裂くと、その血を乱暴に拭った。
「いたぁい。いたぁい!もっと優しく!」
「もう一度だけ聞くぞ。魔女の眷属とはなんのことだ」
「は、はひぃ!魔女の眷属とはですね」
神父の話を要約すると以下のようになる。
200年前、魔女の生み出した巨大な炎によってノースティアの二つの国が消滅した。この事実は瞬く間に世界に伝わり、人々は自らの国が一夜で滅びるかもしれない恐怖に怯えた。人間の世が終わるのだと吹聴するものも現れ、国中が大騒ぎになった。
しかし、それから200年経つが、魔女が現れたという記録はない。
人々は魔女の存在を疑いだし、ノースティアの消滅は自然災害によるものだと、学者がもっともらしく唱えた。
だがその事件を境に、この大陸の各地で怪異譚が聞かれるようになっていた。
放置されていた墓から死体が這い出てくる、おとぎ話に語られていた食人鬼<オーガ>が村を襲う、巨大な魔獣に襲われて旅人が命からがら逃げてきた、だとか。俺自身も前世で何度か、そういった類にでくわしたことがある。
「それらはすべて、魔女が生み出したものなのです!」
神父が答えた。魔女は人間を脅かす魔物を大量に作り出し、大陸中を恐怖に陥れている。そして自身は、ノースティアでの大魔術によって消費された魔力を回復させるため、この世界のどこかで眠りについているのだという。
「魔女が魔物を生み出してるだと?本当か?」
魔女グリシフィアには何度も挑んだが、彼女が魔物を引き連れている姿は見たことがない。グリシフィアは常に一人だった。ランスの疑う様子に、神父が「不敬な!」と大声を上げた。
「ときの法王様がそう宣言されたのです!疑うことは許されませんよ!」
「魔女は、なぜそんなことをする」
「魔女の考えなんてわかるはずありません。単純に、人間を堕落させ、苦しめるための存在です。それ以外の理由がありますか!?」
人間を苦しめるだけの存在、ねえ。
魔女の目的は、永遠の生命を持つ自らを滅ぼすことだ。俺が100万回の生が与えられたのも、その方法を探させるためだと聞いている。もしかして、自らを殺させるために魔物を生み出しているのか?
しかし、なんとなくだが、グリシフィアがそんなことをするとは思えなかった。グリシフィアが望むのは劇的な死であって、少なくとも、下等な魔物によって無惨に殺されることは奴の美学とは違う気がした。
「ゆえに、現れた魔物たちを総称して、魔女の眷属と呼ぶようになったのです。その顔、まだ疑っておりますね!?いいですか、あなたが先ほど倒した動く死体など、魔女の下等眷属にすぎないのです。上位眷属に出会うことがあれば、あなたのような人間風情などひとたまりもありませんよ!」
神父が捲し立ててくる。どうでもいいがこいつ、自分の立場を忘れていないか?俺に生殺与奪を握られているはずだが…まあ、いい。
「一番の有名どころで言えば、ノースティアを守護する炎の番人、イフリート!呪われたノースティアに近づいて、生きて帰ってきたものはいないのです」
「そう、それだ。神父」
俺が神父に詰め寄る。
「お前らは野盗としてだいぶ手慣れている様子だったが、なら、知っているよな。ここら辺でそういう商売をするからには、奴らの許可が必要だ」
奴ら。その言葉の意味することを知って、神父が震え出す。
「しらばっくれるなよ。お前らがこの辺を根城にしているなら、知らないはずがないんだ。もし勝手に商売をすれば、奴らに消されるからな。ムーングラスプ家の奴らに」
「ヒイィ!大声でその名を呼ばないでください!」
神父は心底、怯えている様子だ。
ムーングラスプ家は表向きは世界最大の武器商人であり、王家や軍の武器も誂えているため、名家のように振る舞っている。だが、元々は海賊を傘下に置くことで成り上がったならずものだ。海を渡って略奪した各地の武器を売り捌き、財を成したと言われる。陸の犯罪組織とも繋がりがあり、たとえ無法者だとしても、彼らに許可を取らずに強盗などをすることはできない。
世界中の武器、拷問器具、毒物すら扱う彼らに逆らえば、翌日には酷い死を迎えることになる。場合によっては家族、諸共だ。そのため、裏の世界では、腑抜けた警察組織よりもよっぽど恐れられている。
「答えろ。ムーングラスプ家を知っているんだな?」
「知っています!知っていますとも!ですから、もうその名をこの場で呼ぶのはおやめください!奴らの耳は、どこに潜んでいるのかわからないのですから!」
「そうか、ならお前が生きるための条件はたった一つだ」
俺は神父のローブの下の首にかかった十字架を取り出し、それをむしり取った。それは教会において身分と素性を示すものだ。
「俺をムーングラスプ家に腕ききの戦士だと紹介しろ。でなければ、この十字架を持ってムーングラスプに行くぞ。神父がヘマをして、お前らの裏の素性を話したってな」
神父が口をぱくぱくさせながら、悪魔を見るような目でこちらを見上げる。
一月前、ミッドランドの北の小さな港に漂流民が流れ着いた。
美しい銀の髪をした少女は、明らかに大陸の人間とは違う美しい切長の目、そして大きく尖った耳をしていた。彼女は人間ではなく、エルフだと名乗る。
エルフの少女は見たことのない織物でできた服、そして葉っぱを模った美しい細工の短剣を持っていた。それは彼を育てた親代わりのエルフからもらったものだという。その短剣はこのミッドランドでは存在しない金属でできていた。
銀よりなお輝く銀色の金属を、少女は真銀<ルシエリ>と呼んだ。ルシエリの美しさはたちまち国の評判となり、それは当然、大陸最大の武器商人であるムーングラスプ家の耳にも入ることになる。
するとムーングラスプ家の動きは早かった。このミッドランド中に知らせを出し、ノースティアの現状を調査するための大規模な船を出すことを宣言した。
今なお、炎に覆われた呪われた島である。
どんな危険や、魔物が潜んでいるかもわからない。
そのため、強い護衛を雇う必要がある。
ただ強いだけでなく、未知の魔物を恐れない、冒険心を持った護衛だ。
護衛を選抜するため、試験が行われているという。
神父に向けて言い放つ。
「俺を護衛としてムーングラスプへ売り込め。船には俺も乗る」
呪われたノースティアへ行く。
それは実に、200年ぶりの帰郷になるだろう。




