番外. とある月夜のグリシフィア(OP.プロトタイプ)
今回は本編の番外編になります。(遠い将来の話、あるいはIFの世界)
生涯の終わりはいつも突然だ。
剣の刃は魔獣に噛み砕かれ、俺の手から砕けた剣がこぼれ落ちる。俺の身体より大きい四つ足の魔獣が、剣の破片を吐き出し、俺に飛びかかった。俺は踵を返して走りかけたところを、後ろから魔獣に飛びかかられ、俺の肩から首元にかけてナイフのような牙が何本も突き立ち、宙に持ち上げられて何度も空中で振り回され、そして地面に投げ飛ばされた。激突の衝撃で俺の体は地面を転がり、岩にぶつかって止まった。俺は何とか体を起こそうとするが、力が入らない。霞んでいく俺の視界の向こうから、慌てる必要のない魔獣がゆっくりと近づいてきて、その生臭い息と涎が俺の顔に垂れた。そして次の瞬間、
「ギャウ!」魔獣が不意に地面に這いつくばった。不可視の何かに押さえつけられた魔獣の顔は地面にめり込み、メキメキと骨の鳴る音がする。
「ランス」俺の名を呼ぶ声がする。魔獣の後ろから、黒い長髪の少女が悠然と歩いてき、動けない俺を見下ろした。美しい、深い夜の色をした目が、汚物を見るようにして俺を見下ろしている。
「一応の確認だけど、あなた、まさか死なないわよね」
「まさかも何も、誰がどう見ても致命傷だろ」俺は虫のような声で答えた。はあ、少女が深いため息をつき、言った。
「とんだ徒労だったわ」
「それは悪かったな」俺が答えた。もちろん、微塵も悪かったなどと考えてはいない。こんな魔女の都合など知ったことではない。
「あなたを見つけ出すのに、どれだけ歩いたと思う?」
「俺が頼んだわけじゃないぞ」
「おおランス、死んでしまうとは何事だ」魔女はオーバーリアクションで嘆いてみせた。「こんな魔獣1匹に容易くやられてしまうなんて、本当、あなたって獣以下の存在なのね。虫ケラ…いえ、虫にも劣るわ。虫だってきっと、もう少し長生きするもの」
流石に虫よりは生きたと思うぞ。俺はもう言い返す気力もなく天を仰いだ。月の光が、朧げにあたりに降り注いている。その下で、ぎゃウウ!ぎゃう!と唸り声がする。魔獣がその押さえつけられた力を振り出そうと必死にもがいているのだ。
「うるさいわね」魔女はその姿を一瞥することもなく、面倒そうに左手を上にあげた。するとどこからともなく、夜空に黒い槍が何十本と現れ、這いつくばった魔獣に音もなく降り注いだ。魔獣の体は破壊され、その大量の血が宙に舞った。だが血は地面に降り注ぐことなく、そのまま月夜に昇り消えていく。凄惨な光景だが、なぜか美しい。月夜に静寂が訪れた。
「やれやれだわ。あなたの剣は、いつになったら私の心臓に届くのかしらね」
魔女はしゃがみ込み、俺の頭を撫でた。魔女の黒いローブの胸元から、白い肌がのぞいている。今夜の月のような白い肌だが、傲慢の名前にしては控えめだ。さあな。こっちからすると、お前こそいつまで俺に付き纏うつもりだ。声に出したつもりが血の塊に邪魔されて声が出なかった。がはっ。俺が血を吐くと、魔女のローブを汚した。
「いけ…よ。もう俺は死ぬ…、大事な、ローブが…汚れるぞ」
「嫌よ」魔女は見下ろし、言った。
「言わなかったかしら?私は誰の命令も受けないわ」ふっと魔女が笑った。
「だって私は、傲慢の魔女グリシフィアだもの」
結局のところ、魔女は少なくとも俺の意識がなくなるまで、何かを俺に語りかけていた。俺が答えようと、俺の都合がどうだろうと、命がどうだろうと、こいつには関係ない。
だってこいつは、不死不変の永遠の存在。傲慢の魔女グリシフィアだから。
グリシフィアの声を子守唄にして、俺の生は終わりを迎えようとしていた。
俺はランス。100万回の生を持つ。俺は一つの生を終え、束の間の休息を得ようとしていた。そしてまたすぐに、この世界の別の誰かとして、生まれ変わるのだ。
魔女を滅ぼす。俺の誓いだ。しかし、今はその片鱗も見えない。この果てしない生と死の先に、俺の剣はいつか魔女に届くのだろうか。死の間際、遠い記憶が脳内に流れる。それは寒い寒い、北の国の物語。争う二つの国の一つに、俺は生を受けたのだった。




