30. 廻生の旅路
俺の名はランス。
100万回の生を持つ。
俺が死ぬと記憶と人格を維持したまま、
違う誰かとして生まれ変わり、新しい生が始まる。
始まりである一度目は、北の地、ノースティア。
守るべき国も、守るべき人も、突如現れた魔女によって全てを奪われ、焼き尽くされた。
忘れることなどできない。
この世の地獄の中、双子のように並びたつ愛しさと憎悪の光景。
永遠に生きる魔女、グリシフィアは俺に言った。
「私は劇的なる死を望むわ」
全てを見下し、魔女が笑う。
いいだろう、俺が望みを叶えてやる。
あの夜を焦がす憤怒の炎は、
決して弱まることもなく、俺の胸を焦がし続ける。
劇的かはわからないが、
無惨で、無様な死を貴様に。
永遠に生きるというのなら、
永遠にお前を切り刻んでやろう。
二度目は東の地、イースティアでは小さな島の漁師から海賊に
三度目は南の地、サウスティアでは攫われて異民族の戦士に
四度目は西の地、ウェスティアでは険しい山でハンターに
五度目と六度目は中央都、ミッドランドでスラムの盗賊に
グリシフィアは強大な魔女で、月の力を使う。
月には引力という万物を引き寄せる力があるのだという。
グリシフィアは月の引力を操り、あらゆるものを退け、屈服させ、支配する。
傲慢の魔女、と自らを名乗った。
繰り返される戦いの中、俺は触れることすらできずに殺された。
七度目の生では、生まれ落ちてから剣に置いて不覚を取ることはなく、
剣奴として生まれ、全てに勝ち、自由を得て、そしてグリシフィアに挑んだのだ。
そしてついに、初めて俺の剣がグリシフィアの心臓を捉えた。
だが、その胸から血が流れることはなかった。
「私は剣では死なないわ。お気に入りのドレスはダメになってしまったけれど」
グリシフィアが俺を抱き止め、その身ごと、俺を無数の黒い槍が貫く。
「さようなら、ランス」
次の生が始まり、俺は考える。
剣は確かにグリシフィアの心臓を捉えたが、傷をつけることはできなかった。
どうやら、ただの鉄製の武器では、魔女を傷つけることはできないようだった。
ただ身体能力や、剣の技術を高めるだけではダメだ。
魔女を殺すための武器がいる。
俺は、魔女を殺すための武器を求めて、この世界の伝承に目をつけた。
最初に目をつけたのは、この世界で最も広く信仰されている、
エルノール神聖教会だった。
エルノール神聖教会の教義として、
人間は生まれつき7つの原罪を持つ。
すなわちそれは、
傲慢、憤怒、怠惰、嫉妬、色欲、暴食、強欲の7つ。
人間は生あるかぎり、この罪から逃れることはできず、
その生涯を通じてその欲の誘惑に打ち勝たなくてはならない。
そしてその欲を司る、7人の魔女たち。
人間の罪から生まれた魔女たちは、
それぞれが7つの大罪の名前をもち、
永遠にして不変の魔女として、
人間の生ある限り、人間を堕落の道に誘惑する。
しかし、そこに欲するものはみつからなかった。
教会は魔女を現生における永遠の敵と定めている。
そのためか、教会に関する逸話の中には魔女を退けこそすれ、根絶するようなものはなかった。
教会の中に逸話がないのであれば、その消えゆく伝承などに何かヒントがあるのかもしれない。
であれば、教会の教義以外の伝承を探さなくてはならない。
だが、教会はこの大陸に広く信仰されており、逆に古い信仰は消えつつあった。
魔女を滅ぼす手がかりは得られないまま命は繰り返され、
そして俺は各地を巡る旅芸人になった。
記憶が目覚めたのは6つの時だった。
俺は戦災孤児として、どこかの地で旅芸人の一座に拾われたらしい。
ランスとしての記憶を戻した俺は、周囲との関係を閉ざした。
不意に話さなくなった俺を一座の皆は心配したが、俺にとってはいつものことだ。
真っ当な人間の感情など、いつの頃からかなくしてしまった。
ただこの身を焦がす憎悪のほかに、何も意味を見出せなかった。
育ての親のベアードはこの大陸を旅して歩く吟遊詩人で、各地で集めた逸話を語ることで日銭を稼いでいた。
特に、ミッドランドに伝わる怪異の話に俺は興味を持った。人間が作り出した教会の中に魔女を滅ぼすものがないのなら、怪異の中に何かのヒントがあるのではないかと考えた。
ベアードの語る話は多岐に渡った。
例えば、この大陸各地の戦場に数百年に渡って目撃される正体不明の三騎士の話、
ウェスティアの最も高い霊峰に住まう古代の竜の話、
人間を取り殺し、その姿を借りて人間として暮らす食人鬼の話。
その中に、呪われたノースティアの話があった。
はるか北に位置する呪われた島、ノースティア。
かつて二つの国が争うその国は、魔女の怒りを買い、一晩で焼き尽くされた。
200年経った今もなお、北の島は炎に包まれており、
その炎の番人として、その火を絶やさず見守るものがいる。
魔女の上位眷属にして炎の魔人、イフリート。
イフリートは島に近づくものは決して許さず、侵入者の全ては焼き尽くされ、
生きて帰ったものはいない。
「生きて帰ったものがいないなら、誰がそのイフリートの話を広めたんだろうな」
俺のつぶやきに、「可愛くねえガキだぜ」と頭をこづかれたのを覚えている。
そこで、俺は思い出した。
はるか遠い記憶、最初の生において、友から贈られた魔除けの短剣である。
友はエルフであり、その短剣はドワーフによって特殊な金属で加工されていた。
その名を真銀<ルシエリ>と言った。
傲慢の魔女の引力の力はあらゆるものを弾き、屈服させたが、そのルシエリの短剣だけは、魔女に向けて真っ直ぐに飛んでいったのだ。
自身に向けて投げられた短剣を、魔女は手にした槍で払っていた。
やや驚きを持ってこう言っていたのだ。
「この短剣は、月の引力の影響を受けないようね」と。
あいにく、短剣は俺の最初の生とともに失われた。
また、その短剣を作ったとされるドワーフたちも、俺が生まれた時代にはすでに姿を消していて、存在すらほとんど知られていなかった。
そして今では、故郷、ノースティアは200年消えない炎に包まれていて、この島に近づこうというものはいない。
だが、真銀<ルシエリ>は唯一、魔女に影響を与えた武器である。
だが呪われた島であるノースティア行きの船はおろか、
漁船すらも命を惜しがって北の海には船を出さない。
しかし、馬車の中でベアードは言っていた。
「もの好きな商人が、今度、ノースティアに船を出すそうだぜ。目的はわからんが、強い護衛を探してる。報酬も破格だそうだ。お前、どうだ。いっちょ出稼ぎに…」
俺は泣き続けるキャスリンの頭を撫でながら、生き残った神父が這ってこちらから逃げようとしているのが見てとれた。
「ああ、生きてたのか」
俺はゆっくりとキャスリンから離れると、足を引きずって神父に追いつき、その背中を踏みつけた。「ぐえ」と蛙のような声が漏れる。




