28. 境界
R6.1.11 挿絵追加
「お、お前…」
ベアードがようやく言葉を絞り出す。ランスは無言で、残った野盗たちに目を向けた。野盗たちは目の前の出来事が信じられないのか、固まったまま、動けないでいる。ランスが剣を構える。
「まだやるのか?」
「ややや!やびばせん!やビバぜんとも!」
神父が血を吹きながら大声で答え、他の野盗たちも頷いている。
「ウィル!ウィル!」
キャスリンがウィルに駆け寄り、繰り返し名前を呼びながらその身を揺すった。しかし、ウィルに反応はない。失った血の量からも、もう事切れていることがわかる。ベアードが「くそ」と毒づく。ランスは黙ってその様子を見ていた。
ランスは新しい生を受けると、だいたい4、5歳くらいでランスとしての記憶を取り戻す。その頃にはすでにランスは一座の一員で、孤児だった自分とキャスリンがベアードに拾われたことを知った。ウィルが一座に加わったのはそれから5年後、今からだと5年前だ。
故国を焼き尽くされたあの日から、ランスの繰り返される生は、魔女を殺すためだけにある。それは今までもそうだったし、今回においてもそのつもりだ。だからランスは、一座に深く関わろうとはしなかった。所詮、繰り返される生のうちでたまたま一緒に居合わせただけの関係だからだ。
育ての親だったベアードは突然、口を聞かなくなったランスに戸惑ったが、しかし、それでも家族の一員としてランスを受け入れてきた。キャスリンも少し変わった弟として、ランスをいつも気にかけているようだった。
ウィルが野盗たちの前に出ていった時も、そのつもりだった。馬車の中でキャスリンに抱き寄せられながら、無感動に、その場の成り行きを見ていた。ランスにとって、目の前の出来事は現実感を半ば、失っている。魔女との戦い以外は、ここで何が起ころうと、どうでも良かった。
ウィルが傭兵に斬られ、血を流すのを見た。ふと、ウィルと出会った時のことが浮かんでくる。
「なあ、ランス。俺にもナイフ、教えてくれよ」
ウィルがランスに頼み込む。一座は芸を売って日銭を稼いでいるわけだが、ウィルは芸らしい芸を持たないことを引け目に感じているようだった。試しに何度かナイフ投げを教えるも、まるで的に当たらない。根本的に、不器用なのだ。感覚的にできてしまうランスにはなぜ、ナイフが的に当たらないのかわからない。結局、ウィルの芸はモノにはならなかったのだが、
「おい、見ろよランス。当たったぞ!見たよな…って見てなかったのかよ。仕方ねえな、次は目を離すなよ。ほっと。あれ?全然ダメだな」
ははは、と笑うウィルの顔は覚えている。ウィルは自分から話さないランスに対して、いつも話しかけてきた。勝手に、兄のように振る舞うこともあった。ウィルと話していて、悪い気はしなかった。むしろ…
なぜ、死んでしまってからこんなことを思い出すのか。キャスリンがウィルに縋って泣き声をあげていて、それを悲痛な面持ちでベアードが見ている。
俺がウィルを、見殺しにしたんだ。
最悪な気分だった。しかし、それは今更のことだ。今までもずっとこうやって、魔女を追ってきたのだから。魔女以外は、どうでもいい。そうだろ、これは、いつものことだ。
「おおお、お許じくだじぃ!」
神父の声で我に返る。神父は地面に頭を擦り付けながら、他の野盗たちに声をかける。
「ねえ、びばざんも!このボ坊ちゃんに謝びばさい!早グゥ!」
「え、ああ、そ、そうだな。悪か…」
その野盗が不意に前に倒れ込んだ。その足を何者かが掴んでいる。
気がつけば、日はすっかり沈んでいる。足元は暗く、よく見えない。
暗闇の奥から濃い土の臭いと、ザリザリとした土が擦れる音がする。
「なんだこいつ!痛え!やめ、やめろおおおお!」
倒れた野盗が暗闇に引き摺り込まれ、肉を裂く音と悲鳴が響き渡った。
「ああ、そういやここは…」
ランスは周囲を見渡した。道脇には墓石が立ち並び、肌にまとわりつく風に乗ってヘドロのような臭いが流れてくる。墓の方から土を掘り返す音が聞こえ、何者かが這い出てくるのが見えた。
「死体だ!死体が動いてやがる!」
「こいつら、魔女の眷属だぁ!」
神父が大声を上げた。周囲の野盗たちがその神父を置いて一目散に逃げていく。
「あ!お前たち、私を置いていくなあ!」
その神父の肩に誰かが後ろから手を置いた。
「あ、残ってる人もいたのですね。感心、感心。謝礼は…」
振り向くと、そこに立っていたのはランスだった。ランスは神父の胸ぐらを掴んで自分の方に引き寄せる。
「魔女の眷属だと?こいつらが?」
「そ、そうですよお!知らないんですかあ!?」
死体が動き、生者を襲う。ここミッドランドでは、時々みられる現象だ。だが、魔女の眷属と呼ばれていることは知らなかった。
黒い影がこちらに飛びかかってきた。ランスは舌打ちをし、それを横なぎにした。死体は胴のところでちぎれて転がったが、しかし、なお動いて地面を這ってくる。
「ランス!」
ベアードが叫んだ。「逃げるぞ!こいつら、動きは早くねえ」
「あんたはキャスを連れて逃げろ」
動く死体たちの方に向き直り、剣を構える。
「魔女の眷属か。性根の腐ったお前とお似合いだな。グリシフィア!」
ランスが口を裂けるように横に開き、歯を剥き出して笑みを浮かべた。
こいつらが魔女と関係しているのなら、一匹残らず、狩り尽くす。
暗闇から這い寄ってくる一匹の背中を踏みつけ、その首に剣を突きおろす。首を絶たれて、死体が動きを止めたのを確認し、ランスが次の獲物を求めて周囲を見渡す。
「ウィル!?みんな、ウィルが!」
キャスリンの切迫した声がした。ランスが振り向き、その光景に動きを止めた。
ウィルがゆっくりと立ち上がるところだった。だらしなく口を開け、生気のない人形のような目があさっての方向を向いている。ただならぬ様子にキャスリンが後退るが、そこへ向けてウィルの剣がゆっくりと振りかぶられる。
「きゃあああああ!」
キャスリンの悲鳴に、ランスが走り込んで割って入った。振り下ろされたウィルの剣に向けてランスも剣を振り上げ、その威力を相殺する。二つの力の威力にランスの剣が根本から折れて剣先が飛んでいく。
新しい死体も動くのか。ランスが辺りを見回すと、死体に襲われて絶命した野盗もゆっくりと立ち上がるところだった。しかし、ランスが首を刎ねた元傭兵は動く様子はない。
首だ。首を刎ねれば終わる。
ランスの剣は先ほどの一撃で折れて使い物にならない。咄嗟に野盗が落とした剣を見つけて手を伸ばすが、そこへウィルの死体が間合いをつめた。
予想を大きく超える速度だ。死体が新しいせいか、ウィルの技量によるものなのかはわからない。ランスは剣の一撃を体で受けることを覚悟した。運よく、致命傷にならないことを祈るしかない。
「ぐああああ!」
剣を受けて叫び声をあげたのは、ランスではなかった。ベアードが覆い被さり、代わりに剣の一撃を背中で受けていた。ランスが目を見開く。
「お、おい。ベアード?」
ベアードはニヤリと笑うと、そのまま目を瞑って、力なく項垂れた。重くなったベアードから生暖かいものが染み出し、ランスの体を伝って足元に赤く広がっていく。刃は背中を貫通し、胸の辺りから突き出ていた。
「ベアード!父さん!そんな!」キャスの声がする。
な。
「何、かってに庇ってやがる!」




