27. 剣王
R6.1.11 挿絵追加
ベアードが元騎士の肩を叩く。
「おい、騎士さんよ。あいつ強そうだが、勝てそうか?」
「自信ないな」
「おいおい」
「何とか隙を作るさ。それでどうにか、逃げてくれ、馬は逃げちまったが、キャスも弟くんも、足が速い。ベアード、あんたは…」
「俺のことはいい。とりあえず、子供達をなんとか逃さねえとな。そのためには」
「わかってるよ。まあ、なんとかしてみるさ」
言うと同時に、元騎士が傭兵に斬りかかった。傭兵はうすら笑いを上げながらその一撃を剣で受け止め、反撃して撃ち合いが始まった。
元騎士は、普段の気の抜けた様子とは別人のように次々と連撃を繰り出し、傭兵は押されて後ろに下がった。ベアードは驚きの目で元騎士を見る。
こいつ、こんなに強かったのか。
そのベアードに対し、元騎士がぐずぐずするな、と言った目配せをした。ベアードはハッと気づき、馬車の中にいるキャスリンと少年に声をかけた。
「お前たち!あいつがそのうち、隙を作る。そしたら、逃げるぞ!」
「逃げるったって、囲まれてるわよ!」
「もう馬はいねえんだ。逃げるしかねえんだよ。小僧、キャスを守ってくれ。頼んだぞ」
黙って頷く少年をキャスリンが抱き寄せる。
「大丈夫よ。これでも、あんたのお姉さんのつもりなんだから。あんたは私が守るわよ」
外で続く元騎士と傭兵の剣戟を、一座が祈るように見ている。もう、あの元騎士だけが頼りなのだ。傭兵は元騎士の剣を捌きながら、ふと、こちらの方に目を向けて、ハッとして叫んだ。
「おい、女じゃねえか!馬車の中に女がいるぞ」
その声に野盗たちが一斉に馬車の方を向いた。その瞬間、元騎士の方への注意がそれた。元騎士はここを好奇と見て、今までよりさらに踏み込み、全力で剣を撃ち下ろした。しかし、その一撃は虚しく空を切る。
「もう少し遊んでたかったがな、終わりにするぜ。俺だって、女と遊ぶ方がいいもんな」
言うと同時に、傭兵が一撃を返す。それは今までより数段速い撃ち込みで、元騎士の剣が空中に飛ばされた。ガラ空きになった元騎士の体を傭兵が横薙ぎにする。腹を抑えて、元騎士が両膝をついた。
「ウィル!」
ベアードが元騎士の名前を呼ぶ。しかし、ウィルは力なく前のめりに倒れた。血の染みが広がっていく。
馬車に乗り込んだ野盗が、隣の少年を殴り飛ばし、キャスリンを外に引っ張り出した。
「確かに女だ!久しぶりの女だ!」
「女!?女性がいるのですか!?」
神父がキャスリンの方に走って近づいた。怯え切ったキャスリンは、震えて声も出せない。乱暴に彼女の腕を掴む野盗を、神父が怒鳴りつける。
「愚か者!女性に乱暴するとは何事ですか!こんなに怯えさせて、ねえ、お嬢さん?」
神父がキャスリンの手をとり、自分の方に引き寄せて、周りの野盗に言い放った。
「女性に乱暴は許しませんよ!もしどうしても!どうしてもと言うのなら、この私の後にしなさい!もちろん、散々楽しんだ後ですよ!」
キャスリンが絶望した顔で神父を見た。神父は舌なめずりして、彼女の方に分厚い唇を近づけていく。
「ええ、あんたの後ぉ?あんた無茶するからなあ」
「黙らっしゃい!文句があるなら減給しますよ!今度のボーナスは…」
そのとき、神父の頬に一本のナイフが突き刺さった。神父は口の周りが生暖かく濡れているのに気がつき、それが自分の血だと気がつくと悲鳴を上げた。
「バババ、バンダボレば!」
馬車の中から赤髪の少年が出てくる。ジャグリング用のナイフを指先で回転させつつ、厚い前髪の向こうから、感情のない目で当たりを見渡した。
「ありゃ、神父さん。大丈夫っすかあ?」
野盗がニヤニヤしながら血まみれの神父へ声をかけた。
「あんなガキのナイフに当たるなんて、神父さんも少し鍛えた方がいいんじゃないすかねえ」
「バババッシャイ!」
神父は血を吹き出しながら、大声を上げた。吹き出す血にキャスが不快そうに顔を背ける。
「まあ、こんなんでも依頼主だからなあ、おいガキ。こんな愉快なことして、ただで住むと思うなよ」
野盗が剣を片手に、少年に近づいた。少年が手のひらを返すと、回転していたナイフがすっぽりと少年の手におさまった。「おお、大道芸人?やるじゃん」野盗が感心したように言った。
「けどそんなチンケなナイフで…」
しかし野盗は最後まで言葉を言えなかった。その口に、走り込んだ少年のナイフが突き刺さっていた。そのまま少年がナイフを振ると、切り裂かれた口を抑えて野盗が尻餅をついた。少年は野盗を蹴り飛ばし、仰向けに倒れた男に止めを刺すと、野盗の持っていた剣を拾う。
少年の一連の動きを、野盗は呆気に取られて見ていた。辺りは一瞬静まり返ったが、最初に我に返ったのは傭兵の男だった。
「おいおい、何だよ、お前。ガキのくせに殺しなんて、いいと思ってるのか?親が泣くぞ」
「育ての親ならそこにいる」
少年は腰を抜かしているベアードを指差した。泣いてはいないが、口をぱくつかせている。
「ああ、そう。まあどうでもいいがな、相手が悪かったな。俺はサウスティアで、かの剣王ともやり合ったことがある」
「剣王?」
「ああ、ガキは知らないか。サウスティアの闘技場において、無敗を誇った剣士さ。その素性はしれず行方不明となったが、剣を使うもので知らぬものはいない。敬意を示し、サウスティアの民は剣王と呼んでいるのだ。俺はそいつと、互角だった男よ」
「もしかして、額に茨の紋様がある、あれか?」
「おお、知ってたか。そう、その茨の紋様の騎士にして剣王。その名は…」
「やめろよ、そんな大したものじゃない。しかし剣王と互角か」
少年はため息をついて、剣を構えた。
「じゃあ、全く大したことねえな」
「言うねえ、世間知らずのガキが。じゃあ少し、世の中のことを教えてやろう。授業料はお前の命だ」
傭兵も剣を構えた。しかし、そこで違和感を覚える。
目の前の10代も半ばに至ったかという少年の構えに、一部の隙もないのだ。
それはまるで、何十年と剣の道に身を捧げたかのような、熟練の剣士のようだった。
傭兵が頭を振る。
何をバカなことを、あいつはどう見ても10代だぞ。しかも旅芸人の、痩せたガキだ。
傭兵はもう一度うすら笑いを浮かべると、無造作に間合いを詰めた。我に返ったキャスリンが悲鳴をあげ、ベアードが声を上げた。
「戦うな!逃げろ、ランス!」
少年、ランスは逃げなかった。すっと傭兵の前に出て、木になった果実を刈り取るようにその首をはねた。剣の血払いをし、首を無くして崩れ落ちる傭兵に語りかける。
「あんたと互角ね。それじゃあ到底、魔女には勝てないな」




