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26. 旅する一座

R6.1.11 挿絵追加

 大陸を支配するのは、我らが偉大なるミッドランド王国。


 世界に中央の名を冠したミッドランドから見て、 東をイースティア、 西をウェスティア、 南をサウスティアと呼んだ。


 この4つの国で大陸を分割し、統治している。


 北の国はどうしたのかって?


 そう、確かに、大陸から海で出て北へ北へ進んだ先に、


 ノースティアという島があった。


 この島には二つの国が存在し、勇敢な騎士を擁する両国は100年にわたって争い続けた。

 

 その理由は、今となってはわからない。


 しかし、その戦乱は突如、終わりを告げる。


 遠く離れたミッドランドの村のある真夜中、 眠れない子供達が窓の外を指差した。


 空が燃えている、と。

  

 ノースティアの中心から天を焦がすような巨大な火柱が上がっていた。

 

 そして争う二つの国は分け隔てなく、炎に包まれたのだ。


 こうしてノースティアという国は消えた。


 それから200年余り。 


 その国で何があったのか、どんな人物がいたのか。


 もう知っている人はいない。


 ただ一つ伝わっていること。


 島から逃げてきたわずかばかりの生き残り。


 彼らは震える声で言った。


 「魔女が出た」




「まあみんな、魔女なんておとぎ話だと、半信半疑だったさ。あそこは大昔の火山帯だったらしいしな。おおかた、自然災害だとな」

 年老いた吟遊詩人がリュートを弾く手を止めて、辺りを見渡した。聴衆はお互いを見渡して、肩をすくめた。魔女など、教会で最初に聞かされるおとぎ話の存在だ。


「しかし、信じられるか?200年だ」

 吟遊詩人の目が光った。


「200年経っても、いまだ激しく、ノースティアは燃え続けている。 それでいつの間にか、呼ばれるようになった。呪われた島、ノースティアと」




「ふう、長話は疲れるな。俺も歳だなあっと」

 語り終えた吟遊詩人がリュートを下ろして、どかっと椅子に座り込んだ。

 白髪に長い髭の男だった。長旅で、旅装は埃に塗れて元の色がわからない。


「喉が渇いちまう。おい姉ちゃん、ビールをくれ」

 酒場のウェイトレスが頷いて、やがてビールを運んできた。それを男が一気に飲み干す。「生き返るね!」のびた白髭についた泡を拭って、男が言った。


「ご苦労さん、ベアード」

 青年が吟遊詩人、ベアードの空になったグラスにビールを注いだ。

「しかし、魔女の怒りか。恐ろしいものだな」

「いかにお前さんが元騎士とはいえ、魔女相手じゃあ分が悪いだろうな」


 青年は腰に剣をぶら下げていた。元騎士らしく、動作の一つ一つが規則正しく動く。

挿絵(By みてみん)


「魔女は魔法一つで国を消しとばすというんだろう?ベアードはそんなものが本当にいると信じるか?」「魔女かどうかはわからんがよ。俺はミッドランドの北の方まで行ったことがあるんだが、確かに、北の空が真っ赤に燃えてたよ。それにだ、これは噂だがね」


 ベアードが身を乗り出して、青年の頭を掴んで自分の方に引き寄せた。


「もの好きな商人が、今度、ノースティアに船を出すそうだぜ。目的はわからんが、強い護衛を探してる。報酬も破格だそうだ。お前、どうだ。いっちょ出稼ぎに…」

「ノースティアで魔女と戦えというのか?無理だ無理。でもまあ、野盗くらいだったら俺が追い払うがな」


「本当かしら?」


 青年の後ろから少女が話に入ってきた。歳はまだ10代だろうか、栗色の髪を後ろで束ね、やや日に焼けた肌をもつ、活発そうな少女だ。今は町娘風の麻のドレスを着ているが、芸を披露するときには少し露出のある踊り子の衣装を身にまとう。

挿絵(By みてみん)


「元騎士さんが剣を振るってる姿なんて見たことないわ。本当に戦えるの?」


「剣を振るう機会がないことはいいことさ」


「稽古してるとこすら見たことないわ。でもあんたの他には、年老いた爺さんと、あの子くらいだもんねえ」


 部屋の隅に座って、赤毛の痩せた少年がナイフを空中に投げていた。伸び切って手入れのされていない髪が目元を隠している。少年は一座の、ジャグリングの担当だった。

 座長の吟遊詩人を中心にしたベアード一座は、娘であり踊り子のキャスリン、元騎士の護衛の青年と、この赤毛の少年の4人きりだった。4人に血のつながりはないが、キャスリンも少年も幼い頃に戦災孤児としてベアードに拾われた。


 キャスリンは少年よりも2年ほど年上で(正確な年齢はわからないが)、幼い頃から二人は姉弟のように一緒に育った。活発なキャスリンに比べて少年はあまり人に関わるタイプではなく、いつもキャスリンの後ろで一人でナイフをいじっていた。


「あなた、ジャグリングはだいぶ上手くなったけど、そのナイフを人に向けたことはあるの」


 声をかけられた少年がボソボソと、「いや…」と言った。

挿絵(By みてみん)


「はあ、心配だわ。私なんて可愛いから、野盗が来たら一番に攫われてしまうわ」


 キャスリンは大袈裟にため息をついた。そして不思議なことに、そうした心配ほどよく当たるものだ。


 一座は次の街に向かうため、馬車に乗り、日も沈みかけた古い石畳の街道を走っていた。街道は古い霊園の中に入り、道の両脇には苔むした墓石がゴロゴロと立ち並んでいる。日はもう沈みかけていて、風の音と、馬車の車輪の音だけがゴトゴトと響いている。


「なんでこんなところにお墓があるの。ずいぶん古いようだけど、こんなところまでお参りに来る人いるのかしらね」


 キャスリンは不満そうだった。


「日が暮れる前に通り抜けてしまいたいわ」


「なんだ、お化けが怖いのか?お前にも可愛いところもあるんだな」


 元騎士がニヤニヤしてキャスリンを見た。


「別に怖くないわよ。そんなもの、信じてないもの。ただ薄気味悪いだけ」


「へえ。けど、化物は本当にいるんだぜ。特にこの辺りは、謂くがあるからな」


「何よ、それ」


「深い茨の騎士が、初めて目撃された場所だからさ」



「意外と物知りだな」


 ベアードが話に入ってきた。


「深い茨の騎士は、全身を黒い茨に包まれた騎士だ。騎士の体からは無数の茨が生えていて、茨に隠れた素顔を見たものはいないが、ただ目だけが赤く光り、呪いの言葉を吐きながら、殺戮を繰り返すんだ。何かに取り憑かれたようにな」

 

「化物じゃない」


「しかもだな、深い茨の騎士の目撃は100年にわたって、各地で目撃されているんだ。実在するんだとしたら、正真正銘の化物だな。そして最初に目撃されたのが、このあたりってわけさ」


 ベアードが声を顰めて、場所の窓から辺りを見回した。すでに日は沈み、辺りを包む群青色の影が濃くなってきている。


「ははは、さすが、ベアード。おっかねえなあ。けど、その辺のしとけよ。キャスリンが夜、トイレに行けなくなってしまうからな」


「バカじゃないの!そこまで乙女じゃないわよ」


 言いつつ、隣でナイフの手入れをする少年の肩に寄りかかった。少年は無言で、ナイフを研ぎ続けている。


 その時だ。馬がけたたましい声をあげた。瞬間、馬車が大きく揺れ、やがて動きを止めた。


「おいおい、どうした?」


 壁にぶつけた腰をさすりながら、元騎士が馬車の外を見て、動きを止めた。キャスリンも青くなる。


「野盗だわ」


 抜き身の剣や斧を持った男たちが馬車を囲んでいた。手綱を切られた馬が、必死の鳴き声をあげて遠くにかけていくのが見えた。


「あ、置いてかないでよ!」


「馬に言葉が通じるかよ。お前が昼間、野盗の話なんかするから」


「私のせいだってわけ?けどよかったじゃない。あなたの剣の腕を見せるときよ」


 キャスリンに睨まれ、元騎士が頬を掻いた。落ち着いて、外の人数を数える。


「ええと、獲物持ったのは8人かな。やるだけやるけどさ、ちょっと多いかなあ」


「おいおい、軽口言ってる場合じゃねえ。俺と一緒に外出るぞ。キャスと小僧は隠れてろよ」


「へいへい。まあ、ただ飯の恩を返さないとなあ」


 元騎士は苦笑しながら馬車の外に出た。その後ろにベアードが付いて出る。


 馬車から出る二人を見つけて、野盗の後ろから一人の神父が出てきた。小太りで、頭に小さな紺の丸い帽子を被り、柔和な笑みを浮かべている。


「あなたがこの馬車の主人ですかな?」


「いかにも。そしてあなたは神父のようですが、こんな町はずれの墓地で私どもに何のようですかな?私たちのわずかな稼ぎが目的ですかな?」


 武器を持った男たちに囲まれながら、臆することなくベアードが言った。ベアードが腰の皮袋を開けて見せると、中には銅貨とわずかな銀貨が見えた。その様子に、神父がクックと笑った。


「話が早くて助かります。最近は教会も不景気でして。民の信心と奉仕が足りぬがゆえ、こうして坊主も出稼ぎをしなくてはなりません。少しお布施をお願いできますかな」


「なるほど」

 ベアードは皮袋を元騎士に持たせ、それを野盗の一人に渡させた。神父は皮袋を確認し、


「其方の信心、恐れ入ります。いいでしょう、この道は通らせてあげます」


 神父の言葉にベアードがホッと一息をついて、


「それはありがたい。では、行かせて…」


「ただし一人分です。ここに何人いますかな?そこの男の分と、馬車の中にも誰かいますよね?」


「何?やめろ、馬車には誰も…」


 ベアードの静止を聞かず、野盗が馬車に近づく。そこへ、元騎士の青年が立ち塞がり、腰の剣を抜いた。


「ここまでにしないか?俺は元、イースティアの騎士だった。斬り合いになれば、何人かは道連れにするぜ?」


「ほう、イースティアね」


 野盗の中で、一際背の高い、褐色の肌の男が前に出てきた。男は抜き身の剣を騎士に向ける。


「俺はサウスティアの傭兵崩れよ」


「サウスティアだと?」


 サウスティアは、南の異民族の侵入を防ぎ続ける、常に臨戦状態の国である。そのため、他の各国と比べても段違いに手練が多い。元騎士がふう、と息を吐く。


「こんな薄汚れた爺さんと元騎士一人に、集団で囲むのがサウスティアのやり方か?」


「はは、見え透いた挑発だな。まあ、いい。よしお前ら手を出すな」


 元傭兵が他の野盗を下がらせる。神父は何か言いたい風だったが、傭兵の血に飢えた顔を見て黙って後ろに下がった。

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