17. 真紅の麗人
R6.1.5 イメージ画像追加, 1.15 文章を校正
控え室を出て、俺は堂内の広場に集まった。
広場は3階までの吹き抜けとなっており、はるか上空のステンドグラスから太陽の光が降り注ぎ、あたりを照らした。テーブルの上に並べられたパンやワイン、肉料理の香ばしい香りが当たりに満ちている。
礼拝堂内では武器の持ち込みは許されず、王族とごく近しい関係者のみの参列となっている。また式の立会人として、エルノール神聖教会の本国より派遣された司祭と神聖騎士が参式していた。
「今日が素晴らしい日になりますよう」
中央奥の祭壇で老いたシスターが祈りを捧げた。白金や真珠で美しく装飾された法衣とベールは神聖教会の司祭を象徴するものだ。老シスターは教会を取り仕切る7人の枢軸卿の1人で、啓示卿と呼ばれていた。
その老シスターを護衛するように、礼服を着込んだ騎士が立っていた。長い黄金の髪を後で束ね、燃えるような赤と金で構成された男性装束だが、華奢なシルエットと美しい顔立ちは女性のものだった。
フィリオリと第一王子はそれぞれの控え室で入場の準備をしているはずだ。
しかし、予定の時刻から半刻ほど過ぎても、一向に式が始まらない。城内の参列客たちがざわめき始めているところへ教会の伝令が現れ、王子の支度が遅れていること、これから30分の自由休憩となることが告げられた。
花嫁ではなく、王子側の支度で遅れているのか?
俺は少し不思議に思ったが、深くは考えなかった。
ただ待っているのも手持ち無沙汰だったため、式場内から外へ出てバルコニーに風に当たりに行った。丘の下を見ると、両国それぞれが100名ほどの騎士が待機しており、堂々たる布陣が陽光を受けて鋼鉄の海のように煌めいている。
「見事なものだな」
声がして俺が振り向くと、王族に相応しい礼服を身につけたヴィンタスが立っていた。いつもより若干痩せてみえた。
「ああ、俺は着痩せするタイプだからな」
視線に気づいてヴィンタスが言った。
「それで、ランスよ。会場の様子はどうだ?」
「入口を固めているのは白狼騎士団です。有事ともなれば彼らが働いてくれるでしょう」
「そういう話ではない。いいか、ランス。未婚の男が式場で行うことはただ一つ、将来の花嫁を探すことだ。お前もそろそろ相手の一人や二人、見つけておくべきだ」
言いつつ、ヴィンタスは物色するように周囲を見渡した。貴族たちに混じって着飾った貴婦人たちが談笑をしていた。ヴィンタスは無遠慮に視線を向けながら、
「よりどりみどりではないか。ちょうど良い、俺が何人か連れてきてやろう」
「いや、兄さん、ちょっと待…」
その時、バルコニーへの扉が開いて一人の騎士が入ってきた。先ほど祭壇で見た、真紅の男装に身を包んだ神聖教会の女性だった。凛とした美しい顔立ちをしている。
「おいおい、ランスよ。あの神官騎士殿はかの討滅卿ではないか?」
「討滅卿?」
「エルノール神聖教会に中心にいる7人の枢軸卿の一人だ。簡単にいうととんでもなく偉いんだ。ましては討滅卿。魔物退治の統括だ」
「では、かなりの腕前なのですね」
女性騎士というだけでも珍しいのに。俺は興味を持ち、その姿を目で追いかけた。確かに、佇まいが落ち着いており、一つ一つの何気ない動きに隙がないように見える。俺の様子を見たヴィンタスがにっと笑った。
「なるほど、お前はああいうタイプがいいのか。少し高音の花だが…まあ、いい。声をかけねば何も始まらないからな」
ヴィンタスは止める間もなく、男装の麗人へ声をかけに行ってしまった。俺は戦場とは違う緊張感で背中を汗で湿らせた。こういう場は苦手だ。
ヴィンタスが何事かを言うと、その女性騎士がこちらに眼を向けた。その表情は落ち着いているが、真紅の眼差しは貫くような強い光を放っている。ヴィンタスが女性騎士をこちらに連れてきた。
「そういうわけで、こちらがお話しした弟のランスです。かの白狼騎士団の精鋭です」
ヴィンタスの紹介に女性騎士が俺に手を差し出した。
「初めまして、ランス卿。私はミッドランドの神聖教団より派遣されて参りました。リーヴェルシアと申します」
「初めまして。白狼騎士団のランスです」
俺はリーヴェルシアの小さな手を握った。剣を握るものにしては豆などもなく、その辺の貴婦人のような綺麗な手をしている。
「白狼騎士団とハウルド殿下の勇猛さは私たちの故国ミッドランドにも届いています」
「我々はそのハウルドの弟なのです!そしてこちらのランスはハウルドと互角に撃ち合った男」
「いえ、兄上。それは誇張されすぎです」
先日もコテンパンにのされているのだ。
「この謙虚さも弟の良いところです。さあ、ランス。俺は少し向こうの貴婦人たちと話してくるから、少しお話しさせてもらえ」
ヴィンタスは一方的に言い、俺の肩を叩くと本当に貴婦人たちの方へ行ってしまった。俺は呆気に取られていると、リーヴェルシアの方から声をかけてきた。
「白狼騎士団には興味があります。本国でもあなたたちほど勇猛な騎士団をほとんど知りません」
彼女の声のトーンは平坦だが、無関心な感じはしなかった。いくつか戦場のエピソードを話しつつ、俺は次のように語った。
「確かに、私と仲間達は命を惜しみません。私たちの剣と命は、王家と国のためにあります」
「ご自分の命より王家が大切なのですか?」
リーヴェルシアの目が俺の目をじっと見ている。
「もちろんです。あなたたちの国では違うのですか?」
「ミッドランドでは、名誉や国のためより自分の利益を優先する人間の方が多いです。人間とはそういうものだと、考えていましたが」
彼女は淡々とした口調で、ただ事実を語っているような様子だった。俺が疑問を口にする。
「自分の利益ですか。上に立つものが自分の利益を優先してしまっては、その下の民がそのぶん苦しむことになるのではないでしょうか」
「そうなります。現に領主などの圧政により、苦しんでいる民は大勢いるでしょう」
俺には信じられなかった。
このノースフォレストでは上も下も関係なく、各々が与えられた役目を果たすことに誇りを持っている。俺はそのことを例に出し、
「人は生まれたときから役割を持って生まれてきているのです。その役目を果たすことで、国が強く、続いていくのです」
「生まれながらの役割、ですか」
リーヴェルシアは少し考えてから、
「それは例外なく、全員ということですか?私にも役割はあると思いますか?」
「もちろんです。特にあなたは、他の者たちより強い役割をお持ちではないですか」
討滅卿という、教団を率いる立場なのだから。
俺の答えにリーヴェルシアの真紅の目の光が増した。
「人間ではないものでも?その存在には何かの役目や、意味があると考えますか?」
「人間ではないもの…ですか」
俺はエルフの友人を思い出す。
「はい、人間ではないものでも、時には人間より大きな役目を持っていることがあると思います」
「で、あるなら…」
リーヴェルシアの瞳が少し揺らいだような気がした。
「この世界はなんて残酷なのかしら」
それはどういう…俺が意味を確かめる前に、礼拝堂の中から鐘の音が鳴り響いた。
「式に参列の皆さん、中にお集まりください!」




