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0. 傲慢の魔女 


この物語に流れる魂が、どこかのあなたに届きますように



挿絵(By みてみん)


「さようなら、ランス」


 とある新月に、魔女が言った。


 不死にして、永遠を生きる傲慢の魔女。


 漆黒の長い髪は夜の化身のようで、美しかった。


 俺の心臓を魔女の槍が貫いた。最後の光景は血の臭いだった。




「さよならね、ランス」


 とある三日月に、魔女が言った。


 全てを見下す目が魔力を帯び、黒から銀色に変わっていく。


 魔女が細い指が向けられると、月の引力が俺を押しつぶした。


 最後の光景は土の味だった。




「さよならだわ、ランス」


 とある満月に、魔女が言った。


 月を背景に黒衣がはためき、白い両腕が広げられる。


 誘われるように俺の体が舞い上がり、

 

 夜の闇に霧散した。


 最後の光景は夜の風だった。



 

 俺の名はランス。


 かつては北の王国の騎士だった。


 控えめな太陽のように美しい姫君と、彼女を守る勇敢な騎士たち。


 それは一夜にして焼き尽くされ、歴史ごと葬り去られる。


 そのとき、俺もやつに殺された。


 だが、それは終わりではなく、この気の狂うような旅の始まりだった。


 死んだはずの俺は、別の場所の少年として、生き返っていた。


 とある魔女の気まぐれから、俺には100万回の生が与えられていたのだ。


 しかし何度目の生でも、俺の剣は魔女に触れることすらできなかった。


 何度やっても、同じ結果、同じ結末。


 この100年、醒めない悪夢のように、魔女を探し、剣を振るった。


 それが呪いなのか、祝福か。


 俺にはわからないし、どうでもいい。

 

 俺の心を、決して醒めない憤怒が焦がして続けている。


 何度繰り返そうと、何が失われようと、もうどうでもいい。


 この剣を魔女の心臓に突き立てる。


 その衝動。


 そのためだけに俺の繰り返される生はあるのだ。




 7度目の邂逅。そこは見晴らしの良い夜の草原だった。


 魔女はこちらを見ずに、月を仰いでいる。


 身体は華奢で、見た目は20歳前後に見えた。


 夜空を覆わんばかりの巨大な満月の下で、迷子のように月を見上げている。


「人間は夜になると、眠るのよね。それは一体、どんな気分なのかしら?」


 抑揚のない声から、その感情は読みとれない。


「魔女は眠らないのか?」


 俺は弓と矢を構えて、魔女に向けて引き絞った。


 しかし、魔女はこちらを見ようともせずに語り続けた。


「さぞや素敵なことでしょうね。ほんの少しでも自分の存在を忘れて、意識から解放できるなんて」


「お前の望みは叶うぞ。ほんの少しじゃない、永遠に解放してやる」


「そう」


 魔女は気のない返事を返した。


 魔女は眠らず、死ぬこともない。


 いや、できなかったのだ。


 決して変わることなく、衰えることもなく、ただ永遠に存在が続いていく。


 それがどんな気分なのか、わからない。


「私は劇的な死を求めているわ」


 この世のどんなものも、時の流れでさえ、不死の魔女を殺すことはできない。


 だから魔女たちは皆、死ぬ方法を探している。


 そして俺もまた、亡き王国と姫君の復讐のため、魔女を殺す。


 奇妙なことに、二人の目的は一致していた。


 魔女が言葉を続ける。


「私の死は他のどんなものよりも、偉大で劇的でなくてはならないわ。なぜなら私は……」


 口上など聞く義理はない。俺は絞った弦から手を放した。


 矢が風を巻いて魔女へまっすぐに飛んでいく。


 だが届く前に月の方角に舞上げられ、踊るように揺れ動き、霧散した。


「私は傲慢の魔女、グリシフィアだもの」


 今宵初めて、魔女の目がランスに向けられた。


 月の光が強まり、深い夜の色をした髪が、瞳が、銀色に染められていく。


 風が止み、空気が変わった。


 その静寂は、降り注ぐ月光の音すら聞こえそうなほどだった。


「私に触れることすらできないあなたが、どうやって私を滅ぼすのかしら」


 漆黒のローブが風もないのに波打ち、華奢な体がゆっくりと宙に浮いていく。


 月を背にして微笑み、俺を見下ろす。


 この挑み続けた100年の間、その姿は変わることがなかった。


 いついかなるときも傲慢に、すべてを超越し、誰にも触れることはできない。


 不死不変にして永遠なるもの。


 この世界の魔女の概念、そのものの姿だった。


 俺は弓を捨てて剣を構える。


 俺は狼のように低く、魔女へ向けて一気に加速した。


 すると魔女の影からいくつもの漆黒の槍が生まれ、次々にこちらに射出された。


 俺はかわし、切り払い、そして次は受けきれないことを察すると両手で体を庇った。


 ドスドスッと、自分の腹の内から音がする。そして左脹脛から先が軽くなり、血が吹き出す。


 俺の足が切り飛ばされたのだろう。遅れて焼けるような痛みが俺の脳を焼くが、しかし痛みは歩みを止める理由にはならない。


 俺を動かすのは、ただこの胸の憤怒と、魔女への衝動だけだ。


 足を失いながら俺は跳躍していた。振り上げた剣が浮遊している魔女の肩口を裂き、心臓に到達し、剣を突き入れながら体重を乗せて押し倒した。


 だが、グリシフィアの体は動かない。胸の内の俺に手を回すと、息がかかる距離で魔女が笑う。


「驚いた。前よりもずっと疾いわ」


 貫かれた体は裂けることなく、血が一滴も出ない。ただ黒いドレスだけが魔女の肩から裂け落ち、剣を受け入れた白い胸元が顕になった。


「けれど、私は剣では死ねないの。お気に入りのドレスは駄目になってしまったけれど」


 銀の瞳が期待を込めて、俺を覗き込む。さあ、次はどうするの?


 剣を抜こうとするも抜けず、背に回された細い腕も解けない。


「がぁ!あああ!ああああああ!!!」


 俺は叫びながら、蜘蛛に捕まった羽虫のようにもがく。動くたびに傷口から血が吹き落ちるが、びくともしない。


 魔女がためいきをついた。


「こんなものかしら。残念だわ」


 そうだ、それでいい。哀れな人間を見下してろよ。グリシフィア。


 だが、ここからが奥の手だ。


 俺は左手で懐から皮袋を取り出す。


 続けて右手で握った剣の柄を鎧に勢いよく擦り付けた。


 弾けた火花が皮袋に燃えうつる。


 脳裏に、炎に包まれた故郷と、姉の顔がよぎる。


「今度はお前も焼けるんだ。俺と一緒にな!」


 西方由来の火薬だ。爆炎が二人を中心に吹き荒れ、俺と魔女を焼き尽くす、はずだった。


 しかし何か見えないものが俺の顔の前を通っていったかと思うと、火薬袋が炎ごと夜空に巻き上げられた。ちりじりになった火薬が空のあちこちで火花を上げた。

 

 閃光に照らされ、魔女の顔が笑う。


「こんなものまで用意してくれたの。嬉しいわ、ランス」


 そんな、ばかな。


 一瞬思考が空白になる。思い出したかのように刺さった剣を引き抜こうとするが、剣は動かない。


「今度こそ、終わりのようね」


 闇が形を成し、俺と魔女の周りを取り囲むように無数の黒い槍が現れた。


 新月の影槍。実態も重さもなく、ただ対象を貫き、切り払うだけの魔女の槍だ。


 切先がこちらに向いたと思うと、槍は一斉に、グリシフィアごと俺を串刺しにした。


 何本も何本も、次々と槍が突き刺さる。


 自分の腕の中で生命が失われていく俺の顔を見つめ、魔女が満足そうに微笑んでいる。


 残酷な行為とはかけ離れた、懐かしくも美しい顔。


 失われた姫君------俺の姉さんにそっくりな顔で、無邪気に魔女が笑っている。


「おやすみなさい、ランス。また会う日まで」

 

 断絶------完全なる闇が訪れる。


 何も見えず何も聞こえない。


 俺の思考が、沈み、運ばれていく。


 薄れていく意識の中で、俺は考えた。


 剣は確かに魔女の心臓を捉えたが、傷をつけることはできなかった。


 剣も弓も火薬も、奴を倒すことはできないのか。


 だが、必ずあるはずだ!


 闇を睨みつけ、声にならない声で叫んだ。


 探せ、ランス!


 魔女を滅ぼす武器を!


 技術を!概念を!


 この世界に広がるたくさんの逸話、伝承。


 その中に必ず、魔女を滅ぼすものがあるはずだ。


 なんだろうと、悪魔だろうと、魔女を殺せるものならば使ってやる。


 俺はランス。


 100万回の生を与えられた存在。


 全ての始まりとなった記憶を思い出す。


 雪に閉ざされた北の故国。


 突如、それら全てを絶対的な炎の奔流が飲み込んだ。


 地獄の体現のような光景にあって、


 炎を巻き上げながら一人の魔女が立っている。

 



 傲慢の魔女グリシフィア。 




 この果てしない魔女狩の物語(ウィッチハントサーガ)の、輪廻と永遠の始まりの記憶。


 それは厳しい冬の嵐から始まった。


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