8 間取りに隠されたもの
「さて、どこから説明しようかなぁ。」
輝子先生は楽しそうだ。
「そうねぇ。まず、ご両親の家の2階からいきましょうか。あれはなかなか興味深かったわねぇえ。輪兎ちゃんはどういうふうに見えた?」
いや・・・、どう見えたと言われても・・・。
「た・・・ただ、ごちゃごちゃと物置になってるなぁ、と・・・。沙華井さんの今のお住まいはよく片付いていましたけど、あちらは・・・。ご両親のスペースの方はけっこう収納が要るんじゃないかと・・・。」
「そうね。でも、あそこにあったのは須賀代さんも言っていたけど、普段使ってないものばかりね。たぶん半分以上は新しい家には必要ないものだと思うわ。」
言われてみれば、そうかもしれない。
「そういえば、沙華井さんの勉強机とかもまだありましたね。」
わたしはちょっと笑った。40過ぎた息子の勉強机は、さすがにもう要らないだろう。
「本棚もありましたね。沙華井さんの子どもの頃の本がまだ入ってて・・・。沙華井さんが即答で『要らない』って言ってましたね。」
お母さんは整理が苦手なのかなあ。でも、片付けたがってはいたよね。
「2階の勉強部屋だったという部屋の絨毯、見た?」
「え? 絨毯?」
「本棚の下も、3つあったタンスの下も、絨毯が凹んでて、しかも他には凹みが見当たらなかったわ。」
え・・・と、そうだったっけ? そんなとこ、わたし全然見てなかったけど・・・。それって大事なことなんでしょうか?
すると輝子先生はおもむろに、沙華井さんが最初に持ってきた手描きの間取り図のコピーを開いてわたしに見せた。
「あれで、わたしが最初にこのカーブが沙華井さんにとってとても重要なものだ、と推理したことが間違いではなかったと確信できたの。」
そう言って先生は、あのベッドルームの緩やかなカーブの壁を指差した。
「それと・・・絨毯の凹みと、どういう・・・」
「関係があるかって? そこ、大事なとこよぉ。」
そう言って輝子先生は面白そうにわたしの顔を覗き込む。
そういえば、最初の相談の日、輝子先生は沙華井さんに「これ作らないなら家作る意味がないくらい大事なアールでしょ?」と言い、沙華井さんも激しくうなずいていたよね?
言ってみれば、その一言でうちに設計依頼する気になったと言ってもいいくらい・・・。
輝子先生は何を見ていたのだろう?
絨毯の凹みとアールの壁に、どんな関係が・・・?
ところが輝子先生は、その答えを言わずにまた別のことを話し出した。
「沙華井さんの今のお住まいの方はきれいに片付いてたわよねぇえ。」
そう、アーチの入り口もあったし。とわたしは思い出す。
しかし・・・絨毯の凹みとそれは・・・、どういう関係が?
「そしてもう1つ。輪兎ちゃん気がつかなぁい?」
え? 何に、でしょう?
「あんなに、『頑張ってきた父親のために同居する2世帯住宅を建てたい』って言ってたのに、お父様の話、1回も出てこなかったでしょ? わたしたち、ご両親の家に行くまで、お父様にあんな素敵な趣味があるなんて全く知らなかったわぁ。」
「た・・・たしかに・・・。あれはちょっと、芸術の域でしたよね。」
わたしは義尚さんの作った精巧な昆虫のオブジェを思い浮かべた。
「でねぇえ、輪兎ちゃん。これらのことは、1つのことを指し示しているわ。この家族の抱える大きな課題を、ね。」
次回、いよいよ最終回です。