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5 現地調査

 3日後、わたしたちは建築場所となる旧工場の建っている敷地に行った。

 鉄骨造の小ぢんまりした建物で、外壁はトタン、屋根は波板スレートの、夏は暑く、冬は寒そうな建物だった。

 昭和に建てられたもので、新しい工場に移ってからは倉庫として使っていたものだそうだ。その倉庫も新工場の敷地内に作ったから、今はもう使っていないのだという。

 それでも中には、昔の機械やらその部品やら、その他のよく分からないガラクタ類がまだ置いてあった。


「あれ、たぶんアスベスト入ってますよね?」

 わたしが指差したのは、室内の壁に張ってあるグレーのボードだ。

「昭和だもんねぇえ。」

と先生が、ほにゃっとした顔で言う。

「解体費、少し高くなりそうね。」

「高くなりますか?」

と沙華井さんが少し不安そうに訊く。

「そうですね。ちゃんと検査しないと分かりませんが、屋根も室内の壁もたぶんアスベスト入りでしょう。当時はそれが普通でしたから。バリバリ乱暴にやっちゃうわけにいきませんし、処分費も少し余分にかかります。」

「前の人は、そんなこと一言も言ってくれませんでしたよ? その分、振込みの金額から差っ引いてやろうかなあ。」

 前の設計士への出来高支払いの話だろう。

「それは・・・」

と輝子先生は笑う。

「話の筋が違いますわ。」


 ただ・・・。とわたしは思う。

 前の設計士は親切じゃない。


「境界杭、確認して。」

 輝子先生がわたしに言うので、わたしは敷地の隅を見て回った。

 西側に古い家が建っている以外は、北と東は雑木林で、草むした中に一応境界を示すようにブロックが3段くらい積んであって敷地をぐるりと取り囲んでいる。工場が建った頃はたぶん、周りに家なんかなかったんだろう。

 南側の道路部分には杭があったが、奥の北側の2点には草を除けてもそれらしいものは確認できなかった。

「隣地との境界は確定してます?」

 わたしが訊くと、沙華井さんは得たりという顔で即答してきた。

「それは前の設計士さんにも訊かれましたので、確認してます。ブロックの外側のラインです。」


 道路側の境界杭は、ブロックの外側よりさらに5センチくらい外側にある。たぶん当時の職人さんが、ブロックの基礎になるコンクリートが隣の敷地にはみ出ないように控えたんだろう。

 そのことを沙華井さんに伝えると、少し驚いたような顔をした。

「あいつ、そういうこともちゃんと言わなかったなあ。」

「まあ、確認申請には『ブロックの外側』で敷地申請しても何の問題もありませんから。広いですからねぇえ。」

「土地の売買があるような時に、ちゃんと隣地の人と立ち合いで確定すればいいことですから。」

 わたしもフォローしておく。


 なんか、前の設計士さん、すっかり悪者になっちゃってるなぁ・・・。この人結構、惚れ込みやすくて、一つ躓くと今度は極端に嫌うようなタイプなのかしらん。

 今度は、うちがその対象にならなきゃいいけど・・・。



 敷地を見たあと、現在のお住まいに伺った。

 沙華井 義文さんの現在の住まいは、なんということのない建売だった。結婚するときに中古を買ったのだという。

 インテリアはそれなりに何度かリフォームしてあるようだった。設計事務所を入れようという気になったのは、業者だけではどうにもセンスが野暮ったいと思うようになったから——ということだった。

 雨漏りなどもあって修理をするたびに見えない部分の手抜きが明らかになって、こんなものに金をかけるのが嫌になったのも新しく建てる動機につながったようだ。

「これは売って、新しい家の建設資金の足しにします。」


「居間の入り口をアーチにしたんですね。」

 玄関から居間に入る入り口がアーチになっていて、ドアがない。もちろん、建売住宅がそんなふうになっていた可能性は低いので、自分好みにリフォームしたんだろう。

「こんな木の枠は要らなかったんですがね。クロスじゃアーチは貼れないからって。じゃあ、せっかくだからガラスの入ったアーチ型のドアを付けてくれって言ったら、むちゃくちゃ高い見積もりを持ってきて・・・」

 わたしは苦笑いが顔に出たかもしれない。


「まあ、私らの業界でもあるんですけどね。受けたくない仕事には相場を無視したようなとんでもない値段の見積もりを出して、いろいろ理由くっつけてヘラヘラ笑うんですよ。ああ、それだな——と思いました。要するに作る技術がないんですよ。」


 なかなか・・・。オトナな世界だなぁ・・・。いや、わたしだって大人なんだけどね。ここまで露骨に本音を聞かされると・・・。世の中の嫌な面がクローズアップされちゃいそうで・・・。

 先生は相変わらず、ほにゃ、とした顔で微笑んでいる。奥様の小春さんもにこにこしているだけだ。

 本当に穏やかな奥様だなぁ。名前どおり——。


 家の中はきれいに片付いていて、作家の作品らしいちょっとした置き物や植物の鉢などが要所要所に上手に配置してあった。

 奥様がされているんだろうか? センスがいいな。


「住まわれ方のセンスもなかなかですのね。」

 輝子先生が少し感心したように言うと、沙華井さんは照れた表情を見せた。

「いや・・・、そのあたりは妻に任せっきりでして・・・。」

 奥様は穏やかに微笑んで、ちょっと頭を下げた。



 施主である沙華井さんのお宅の後は、そこから少し離れたお父様たちの住む住宅に向かうことになった。

 そこでわたしは、ちょっとびっくりするような光景を見ることになった。



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