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4 アールの好きな施主

 しばらく話をしていると——というより、ほぼ輝子先生が聞いているだけなのだが——沙華井さんはすっかり輝子先生の魅力に引き込まれてしまったようだった。


「玄関のぐにゃぐにゃしたアールはあまり良くならないと思いますわ。」

 そう輝子先生が言うと、沙華井さんはあっさりとその話に同調した。

「そう言われればそうですね。ここは別にいいです。」


 え? さっきまで、そこ否定したって散々設計士の悪口言ってたじゃないですか?


「先生! 私、先生に設計していただきたいです! 先生の感覚だったら、任せられる気がするんです!」

 沙華井さんは突然、身を乗り出すようにして言った。

「なあ、小春。御堂寺先生に頼もうじゃないか。どう思う?」

 今度は隣に座った奥様を振り返る。

「いいんじゃないですか。あなたがそう思うのなら。」

 奥様は、本当に春の陽射しのような笑顔でそう言ってうなずいた。


「でも、もう途中までその設計士さんの設計は進んでいるのでしょ?」

 輝子先生の言葉に、沙華井さんはきっぱりと言い切った。

「その設計士にはここまでの費用を払ってお断りします。建主の感覚を理解できない設計士といつまでやり合っていてもいい家なんかできません! 先生にお願いします。」


「それはとてもありがたいお話ですけれど・・・」

 輝子先生が言いかかると、沙華井さんが話の腰を折った。

「今の設計士に遠慮するんですか? 何か設計士同士でそういう暗黙のルールでも・・・」

「違いますよぉ。」

と輝子先生が笑った。

「そんな変なルールはありませんわぁ。お受けする前に、敷地を拝見して、ご家族にもお会いしたいだけですの。だって、ご一緒に住まわれるんでしょ? 設計契約はそれからです。」


 仕事を引き受けるにあたって、輝子先生は2つ条件を付けた。

 1つは今の設計士に対して、進んでいるところまではきちんと費用を払うこと。

 もう1つは、家族全員と会わせてもらうこと。


 沙華井さんはスマホで両親とメールのやり取りをしてから、顔を上げて輝子先生に言った。

「最短で3日後に全員揃いますが、日曜日ですが大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。輪兎ちゃんも、大丈夫?」

「はい!」


 わたしたちは、3日後に建設予定地と沙華井さんのご両親の今の自宅に伺うことになった。



「大丈夫ですか? 先生。」

 沙華井さんが帰った後、わたしは輝子先生に訊いてみた。なんか、難しそうな施主ですよ? 結局、前の設計士と同じようにトラブっちゃったりしないですか?


 私は言葉に出していなかったのに、その私の考えを読んだみたいに輝子先生はさらりと言った。

「大丈夫よぉ。前の設計士は、沙華井さんの要求してるものが何なのか分かってなかっただけなのよ。」

「要求してたのはアールの壁なんじゃないんですか?」

「でも玄関のぐにゃぐにゃアールは、あっさり折れたわよねぇ?」

「あれは、全然変ですもんね。でも、あんなに言うこと聞いてくれないって文句言ってた部分なのに、どうして・・・?」

「三角の窓を作って、って言われて三角の窓作っても施主は納得しないものなの。求めてるのは三角の窓じゃないことが多いからぁ。」

 輝子先生の答えは、いつものように跳び過ぎててわたしにはよく分からない。


 そんなわたしの表情を読んだんだろう。輝子先生は、コピーを取らせてもらった沙華井さん手描きの間取り図をテーブルの上に広げてわたしに見せた。

「これからたくさんの情報が読み取れるわ。手がかりはここよ、輪兎ちゃん。」

 そう言って先生が指差したのは、わたしも違和感を感じたご両親のエリアとの境界部分だった。例の鍵のかかるドアのある間仕切りだ。

 輝子先生はその間仕切りの線に沿って指を動かして見せる。


「一直線でしょ? それから、これ。キッチンが小さい。それから、ほら。ベッドが大きいでしょ。」


 先生と同じものを見ていて、ヒントまでもらっているのに、わたしには輝子先生が何を言っているのかさっぱり分からない。


「でも、問題はそこじゃないわぁ。」

 先生はそう言って、ふうっとひとつ息を吐いた。

「だから、絶対に家族に会わなきゃダメなのよ。輪兎ちゃん。」



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