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ポエマーさんの箱庭

作者: 酒出観月

彼は箱庭の中で生きている。

彼の好きなものだけを集めた箱庭。

その中であれば幸せだろうに。


それでも箱庭の外へ手を伸ばすのは、彼なりの足搔きなのだろうか。


◇◇◇


年末まであと1週間、仕事に目途が付いた。

無事年越しは実家に帰れそうだと安堵しながら、帰りの電車に乗る。

この調子だと、帰省前に靴のヒールも修繕にだせるだろうか。

削れすぎて妙な金属音がする靴で車床を傷つけないよう、そっと座席に腰を下ろした。


習慣で携帯を開き、LINEに表示された名前に、手が止まる。

(乗車前の安心感と達成感を返せ・・・)

既読が付かないよう、未読アプリに切り替えた。

内容は長文、の詩である。

小さくため息が落ちた。


◇◇◇


彼は一年だけ講座の在籍期間が被った先輩である。

事前に知り合いになった別の先輩から、彼とは関わり合いにならない方がよいと忠告を受けた。

しかし、忠告してくれた先輩は界隈では有名なハラスメント・モンスターである。

そのため、ハラスメント先輩の忠告を私は笑顔で聞き流した。


彼と話してみると、根は良い人のようだった。

本人からの自己申告の通り、少々精神を病んでいたので、たまに会話がかみ合わない。

たまに蔑視発言もあったが、1か月に一度会うか会わないかの付き合いである。

毎日会うハラスメント先輩に比べれば無害である。


状況が暗転したのは、彼が卒業を控えた、3月頃であった。

彼から告白を受けたのである。

丁寧にお断りしその場は終了した。


それ以降、彼からポエムが届くようになった。

これが長い。携帯画面を3スクロールしても終わらない、もはやポエマー先輩である。

明確に何か返答を求められているわけでもない。

しかし、ポエムとその合間に挟まれた短文を見る限り、どうやら「好きです」、「君からも言ってほしい」、「僕の気持ちを受け取って」とある。

告白の続きかと思い、はっきりと強い言葉で無理だと伝えた。


これを5回繰り返したとき、私がキレた。

私は、周りがドン引きするほど苛烈な文章をLINEで送ったのち、あらゆるものを着拒・ブロックした。


しかし、あろうことかポエマー先輩は、当時卒業論文を書いていたヘタレ先輩に連絡し始めたらしい。

私を出せと。

ヘタレ先輩は私と付き合っているわけでもない、卒論に苦しむただのヘタレな先輩である。

巻き込まれたヘタレは私に泣きつき、この状況を何とかしてくれときた。

結果、LINEストーカーと化したポエマー先輩が一方的に私へポエムを送り続けるというよくわからない状況が続いている。


◇◇◇


電車の中でもう一度ため息をついた後、未読アプリで内容を確認する。

内容からして、私の身は安全そうだ。


正直、ブロックしても良いのだ。

ヘタレ先輩は卒後失踪したし。

ポエマー先輩は、職場に荷物を送りつけるなど他にも色々やらかしてくれているので、これまでの証拠を合わせれば諸法律を行使できる。

また、信用できる情報筋から、最近のポエマー先輩は長距離を移動できる状況でなくなったが、ネット上の自サークルで充実したコミュニティが作れていることを聞いている。


ブロックしないのは、我が身可愛さと哀れだからだ。

ポエマー先輩は自身で趣味を語り合えるコミュニティが作れた。それで十分ではないのか。

なぜ敢えて他人に迷惑をかけてまで、せっかく作り上げた箱庭の外に手を伸ばすのか。

彼の頭の中で作り上げられた私は、もはやリアルの私ではないと、なぜ理解できないのだろう。

現状の箱庭に満足できないから、想像上の私が助けてくれると思っているから、箱庭の外に手を伸ばすのだろうか。

ある意味、それが現実の彼の箱庭を維持しているのかもしれない。

彼は繰り返すのだろう、箱庭を見つめ直さない限りは。


ブロックするのと、しないのと、どちらが優しいのか。

(我が身可愛さをとるか・・・)

性格の歪みを自覚しながらも身の安全を盾に、そっと未読アプリを閉じた。

帰りのコンビニでご褒美を買おう、また明日が来る。


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