54話 千代女、悩み
一番後ろの席の千代女と、それから隣に二つ空けた席が世楽の席。
一限目の国語。千代女は謎に頬を染めて視線を向ける。
それは授業中全部であり。
昼休み。鶴姫が迎えに来た時も、千代女の視線はムスッとした様子で世楽に向けられていた。
六限目の体育。男女共にグラウンドで行われたのだが、女子はテニス、男子は野球だった。その時も、やけに視線を向ける千代女が居る。
その視線に世楽は気付いていた。ただ、態と気付かないふりをしている。なぜだかは知らん。
終礼も終わり放課後になると、世楽はすかさず千代女の机に向かった。
「千代女、どうした?」
「えッ!?」
ずっと視線を向けていた人に突然話し掛けられ、思わずといった反応をする。
「『えッ!?』じゃないわ。今日ずっと俺を見てただろ?」
「気付いてたの!?」
目を見開いてバレていた事に羞恥を覚え目を見開く千代女。
「あんなに見られて気付かん方がおかしいわ」
(バレてた。てか私そんなに見てたの!?)
どうやら無自覚の時もあったらしく、千代女は恥ずかしさのあまり顔を机に俯ける。
「どうした?何か俺おかしかった?今日」
「い、いや!……違うの。ちょっと、ちょっと」
身を乗り出すように勢いよく否定して、やがて千代女は言いづらそうに口籠もる。
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先日、阿国と一緒に帰っている時に、言われたのだ。
『ねぇ千代女。好きな人って居ないの?』
『えッ!?』
『いやそんな大袈裟な反応しなくても』
瞳を大きく見せて驚く千代女に苦笑を浮かべる。
『だって千代女可愛いでしょ?男の一人や二人くらいは寄ってくるでしょ?』
そう言うが、阿国もめちゃくちゃ可愛い。正直、山三を妬みまくって背中を蹴り潰したい。
『そう、なのかな』
自分が可愛いというのは無自覚らしい。それもそうだ。自分の事が可愛いと思う女子高生などそうそういない。
『そうなの。千代女は可愛いの』
肩をくっつけてニッコリ笑う阿国に、千代女を照れ顔を浮かべる。
『でも私好きな人は別いな――――』
そこで、ふわりと突然世楽の顔が浮かんだ。
『―――ッ!?』
ブワッと頬に帯びる熱が増し、ビックリしたように千代女は言葉を切る。
『え!?なになに!?千代女もしかして居るの!?』
千代女のそのあまりの分かりやすい反応に阿国は興奮気味に親友の恋バナに夢中になる。
『ち、ちがッ』
『ホントにぃ~?』
からかうように千代女の顔を覗き込んで肩をツンツンする阿国は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
『今誰を想像したの?』
『え、いや、その……想像っていうかなんというか』
無駄に視線を泳がせるその動作が更に阿国を調子に乗らせるものとなる。
『もしかして、世楽って人?』
『ッ!?』
丁度考えていた人の名が阿国の口から放たれ、不意にビクリと肩を震わせた。
『え!?ホントに!?当たり!?マジかぁ~』
嬉しそうにピョンピョン跳びはねる阿国は、顔を真っ赤にする千代女との距離を詰める。
『ねぇねぇどこが好きなの?確かに世楽って人格好いいもんねぇ』
世楽という名を耳にしたことをあるらしい。まぁこれだけ色々な問題を起こしているのなら噂はあっと言う間に広がるだろう。というか、実際阿国は教室で千代女と世楽が一緒に居るところも見ている。
『いや、好きって言うか。別に好きじゃ』
『もう照れちゃってぇ。可愛いなぁもう!』
歩道で愉快に恋バナを広げる阿国。それに対して、千代女は耳先まで真っ赤っか。
(私が世楽の事を好き?いや、ないない。あんな変態を好きになんか………)
だが、世楽を思い出す度に、胸が高鳴り続け、千代女はまだこの感覚を知らない。
(熱い。ドキドキする。なんで?)
『ねぇねぇ千代女!今度四人で出かけようよ!』
『えッ!?』
『私と山三。千代女と世楽って人』
『えッ!!??』
『ダブルデート的な?んふふ、楽しそうだね』
勝手に話が進んでいく事に千代女はあたふたと思考が混乱し始める。
『いや!私世楽と付き合ってないから』
『それでも良いじゃない。四人でお出かけしようよ』
と、そんな話があった。
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「えっとね?今度、私と世楽。山三と阿国でデー……かけようって話になって」
“と、そんな話があった”から九行目しか話さない千代女はいいとして、世楽は聞いた事のない名に口を傾げる。どうやら山三からは聞いていないらしい。
「阿国って誰?」
「え?あぁ、知らないの?山三の彼女よ」
「………」
………………。
木魚を叩く音が三泊鳴るかのような間があいて、世楽はこめかみに青筋を立てて机を叩いた。
「クソッ!あいつ彼女居たのかッ!!聞いてねぇぞ!!」
教室で皆カバンに荷物を詰め込んだり、話したりとわいわいしている中、世楽の大声が行き渡る。
世楽、安心しろ。言っておくが山三と阿国は付き合ってるのに、付き合ってないお前の方が色んな、色んな可愛い女の子といっぱいイチャイチャしてるから。
まぁ、そんな事を知るよしもない世楽はバッと山三を振り返ると、ズカズカと歩き出す。
「おい山三ッ!お前い――――」
怒ったように声を張る世楽を、千代女は慌てて止めに入る。
「ちょっと世楽。それは後でして。今はこっち」
ため息を吐く世楽は再び椅子に座るが、その様子にため息を吐く。
「とにかく、出かけようって話になったの。……いい?」
なんだかんだ言って結構楽しそうに期待を胸に握った千代女は、上目遣いに世楽を見上げて聞く。
自覚はないだろうが、どうしてもそれが可愛く見えてしまう。
世楽の口から出る答えにドキドキしながら、千代女は不安そうに眉を寄せる。
「おう、良いぜ。楽しみにしとく」
だが、世楽の答えはYesだった。良かったね、千代女。
「あ、ありがと……世楽」
「おう!」
そして二人は別れる。
千代女は胸の前でキュッと拳を緩く握ると、嬉しそうに淡く口角を上げた。
一方、この後山三は世楽に胸ぐら掴まれてぐわんぐわん激しく頭を揺すりました。




