53話 鶴姫、仕掛けます
「ちょ、ちょっと世楽君!?ま、待って。お願い。私が悪かったから」
屋上、誰も居ない二人きりの空間で、世楽は鶴姫を壁までじわりと追い詰める。
「誰?俺をその気にさせたの」
「え、えっと、その。ごめんなさい。調子に乗りすぎたの………」
詰め寄ってくる世楽に後退りしていた鶴姫は、背中が壁に当たると、ビクリと肩を震わせて口を閉じた。
「ん?調子に乗りすぎた?……でも俺には関係ない」
ニヤリと挑発するような不適な笑みを見せた世楽は、きっぱり断言して口を耳元に持って行く。
顔を真っ赤にする鶴姫は、迫り来る世楽にキュッと目を閉じて身構える。
「ふぅー」
「ッ!?」
ゾワッと、耳から背筋に伝うくすぐったい感覚に、唇をキュッと結んで我慢する。
突然に始まったこの展開。それは少し前の事だ。
『世楽君、お弁当一緒に食べよ?』
鶴姫がお弁当を持って、世楽のクラスまで迎えに行く。
本格的に攻撃が始まり、まずは距離を詰める作戦らしい
『良いよ』
即答の世楽に、笑顔を浮かべた鶴姫は、二人で廊下を歩く。
『人が居ない所で食べたいんだけど、どこか良いところ知らない?』
『ん?人が居ない所?良いよ。俺知ってる』
世楽は自慢気に答えると、思い当たる場所へ移動する。
………………。
『ここ』
晴れ渡る空の下で、東京の街を一望出来、風が丁度心地良い程度、そして誰も人が居ないベストな場所。『でも世楽君。ここ屋上よ?』
『うん』
『立ち入り禁止って知ってる?』
『そうなのか?俺毎日ここで昼寝してるんだけど』
『ダメじゃない』
ただ、そうは言うものの、二人きりになれて満足の鶴姫は錆色が少し目立つ深緑のベンチに腰をかけ、自分の足にお弁当を広げる。
『世楽君?お弁当は?』
『ねぇよ』
『ないの?』
『うん。可哀想だろ?俺料理出来ねぇし親いねぇから用意してくれる人もいない』
お市や御前に頼めば『良いよ』と即答するのが目に見えているが、二人は世楽がお昼を食べていない事を知らない。
『じゃあ私の半分あげるよ』
そう言うと、お弁当の中身を蓋によそおいだす鶴姫。
『はい』
蓋に盛ったお弁当を渡すと、世楽は嬉しそうに口角を持ち上げた。
『ありがとう。じゃあ遠慮なく食べよ』
そう言って食べようとするのだが、鶴姫はお箸を一膳しか持っていない。
この後、鶴姫が食べ終わってお箸を貸すのだが、なんの躊躇もなく使う世楽に、鶴姫は驚くも少しそわそわする感覚にいたたまれなくなりそうであった。
『ねぇ世楽君?彼女とかって居るの?』
屋上で二人きり。そして恋愛関係の話。間違いなく少しばかりの期待と勘違いが生じるのが大体だが、なにせ鈍感の世楽は、全くそんな心情は持ち合わせない。
『ん?居ないな』
風が肌を撫で、満腹とは言わないがそれでも多少たまったお腹に、空を仰ぎながら二人は会話を始める。
『気になってたりする子は?』
『居ねぇな』
すんなり言った世楽に、鶴姫はニヤリと、累をからかう時のような悪戯っぽい笑みを浮かべると、ベンチから腰を上げて。
『私、世楽君の彼女になったら何でも言うこと聞いてあげるなぁ』
思ってもない事を言った。世楽の心を掴む作戦なのだろうが、鶴姫の思い通りになる訳がない。
『ふ~ん。じゃあなってもらおっかな?』
『え?』
予想と違う言葉が返ってきて、思わずと振り返る鶴姫に、世楽は立ち上がって詰め寄る。
『え、えっと、世楽君?』
『なに?』
『え?ちょっと待って。本当に言ってる?』
『なんでも言うこと聞いてくれるんだろ?』
じわりじわり距離を詰めてくる世楽に足を引く鶴姫。
『まぁ、取り敢えず……カップルらしい事しようか』
そして、今に至る訳だ。
「鶴姫、もう諦めろ」
そう囁く世楽は、再び不適な笑みを浮かべると、手を伸ば――――。
ガチャン!
――――そうとしたところで、屋上の扉が勢いよく開いた。
「ッ!?」
その音にビクリと震える鶴姫の口元を押さえ、耳元で小さくささやく。
「鶴姫、しー」
密着ゼロに恥ずかしさのあまり顔を染める鶴姫は、コクンと頷く。
「こんな事昼休みに確認する必要があるのか?」
「何を言ってる。目撃されたのは昼休みなんだ。昼休み以外に行っても意味ないだろ?」
身体が大きく、がたいの良い男子生徒と、一見すればただの普通の高校生だろくらいの男子生徒が、会話を始める。
「ホントに誰か来てんのか?」
「それを今確認してるだろ」
やれやれと肩をすくめる普通の生徒は、屋上全体を見渡す。
世楽と鶴姫は扉からは死角になっているため確認されないのだが、こちらに来る可能性がある。
ドク、ドクと力強く脈打つ心臓が耳に響き、鶴姫は更に顔を真っ赤にする。
立ち入り禁止の場所で、近くに人が居ながらも異性と密着。これが鶴姫の羞恥のトリガーとなり、混乱なりかけになっていた。
一方の世楽は、耳を澄ませつつ未だに口に手を当てて、顔の距離はほぼゼロに等しいところで息を殺している。
(なんでこんな冷静で居られるの?)
世楽の横顔を見つめ、鶴姫は素に思う。
長いまつげに切れ長い目、しゅっとした顎や髪の艶もろもろ。全てにおいて容姿は完璧といった風格に鶴姫は恥ずかしさに目を逸らす。
「誰かの見間違えなんじゃないか?もう行こうぜ諭吉」
「そうだな。特に誰も居ないし、帰るか。すまないな、呂布」
そう済ますと、その二人は屋上を後にした。
「ぷはっ!はぁ、はぁ、はぁ」
鼻で呼吸はしていたものの、やはり一つの機関だけでの呼吸はきついようだ。
熱く甘い吐息を繰り返し吐く。その様子を見つめ、世楽はニヤリと笑みを浮かべると。
「じゃあ続きして良い?」
顎をクイッと持ち上げて顔を見合わせる。甘い吐息も、ふわりと踊る淡い紫色の髪も、顔を染めつつ驚いた表情を浮かべるそれも、全てが可愛い。
「だ、ダメ。もう終わり」
恥ずかしさに消え入りたいと言わんばかりに唇をキュッと結ぶ鶴姫。だが、それはあえて世楽の気を高揚させるものになり、世楽は手を伸ばす。
「だから!ダメって言ってるでしょ!?」
しかし、手を握って抵抗する鶴姫に妨げられる。
「何しようとしてるかは分からないけど、触っちゃダメ!」
「えぇ」
「『えぇ』じゃない!」
フン!と鼻を鳴らしてするりと世楽から抜けると、鶴姫はお弁当を持って屋上を下りようとする。
「世楽君。また一緒に食べようね」
振り返って手を振る鶴姫は、ガチャン!と扉を閉めた。
扉に背を預けて、ほんのり暗い踊り場で顔を真っ赤にする。
(なに?初めてよこんなの。私、からかわれた?私が?)
ドク、ドクと脈が更に強く打つ。
(なんでこんな顔が熱いの?これじゃ教室に戻れない)
鶴姫は膝を折って床に座ると、頬に帯びる熱が冷めるのを待つのだった。
一方世楽は、寝ていた。




