51話 累母の心情
「今日はありがとね。世楽君」
累の家の玄関前、累母がそんな事を言った。
「ん?何が?」
おっとりとした笑みを見せるそんな人に、世楽は首を傾げる。
「累と一緒に遊んでくれた事よ」
「あぁ。いーや。礼は俺が言うべきだ。高校生らしい事を初めて出来たかもしれん。累のおかげだ」
その場にいない累の名を口にする世楽に、累母はにまにまと口と目でゆるやかな弧を描いているばかりだ。
「それは良かったわ。累も昨日楽しみにしてたから」
目を伏せて、累のその情景を思い出すように淡く笑う。
夜、玄関前に世楽と累母は、言葉を交わし合う。
日も沈んで暗くなったため、家まで送ると言い張った世楽は、累と家に帰ったと同時に累母に遭遇した。それで、その後累母は、「ちょっと世楽君と話したいから、お風呂でも入ってきなさい」と告げて、現在に至る。
「……世楽君、なんでしょ?大会の日、累を助けてくれたの」
「………」
その時、世楽の中で小さな怒りの炎が宿り、雰囲気を気付かれぬよう変化させる。
(大会の日、累の家族は居なかった。もし、累を生まれてこなければと思っているんなら……)
ただ、その感情を知らずとも、累母は自分に後悔をぶつけ、申し訳なさそうに口を開く。
「私が、あの時大会に行ってあげてたら、あの子は重く受け取らないで済んだのかしら」
累の言われた言葉。それは校長の元就から直接伝えられていた。
「もし、あの子が重く受け止めているのなら、本当に申し訳ないわ」
「………」
累母の言葉に、ただ耳を傾けるだけの世楽は、次の言葉を待つ。
「あの子にね。言ったことがあるの。時期継ぐ人を選ばなきゃいけないから、真剣に選んでって」
顔を下の方へ向けて、後悔するように呟く。
「あの子はしっかりした子だから、重く捉えて、真剣にし過ぎて、疲れてるんじゃないかって。もしかしたら、とやかく言う両親を嫌っているんじゃないかって。お見合いをする時のあの子の表情を見ると、いつもそう思うの」
累母の言葉に、世楽は中に宿っている炎を消す。
「でも、あの子には、世楽君の言葉がとても効いたみたい。私は、いいえ。両親は累の事が大好きで唯一の娘だから、本心は自分の選んだ人と一緒に歩んでいって欲しいの」
「……」
「だから―――」
そこで、累母からの言葉が途絶えた。累母は、一度考えるように停止する。
(いいえ。この先は累の口から言った方がいいわね。……世楽君、頼んだわ)
ふぅっと、息を静かに吐くと、累母はふわりと笑みを浮かべた。
「いいえ。何でもないわ」
その言葉に、ハテナマークを浮かべつつも、世楽は一息吐いて、胡坐をかく。
「まぁ、累は俺の大切な先輩だからな。俺は全力で累を守るよ」
こういう時だけ格好よくなるの、本当にズルいと思う。
「あ、累ママ。累の部屋とか見ちゃダメ?」
突然『累ママ』と呼ばれ目を見開くも、再びおっとりした笑みを零す累。
「んー。きっとあの子がダメって言うわね」
「クソッ!」
「見たいならあの子を説得するか、もっと関係を深めるときっと見れるわよ?」
「関係?今じゃダメなのか?てかどういうことだ?」
「あら」
そう言葉を零す累ママは、おっとりとした笑みのまま、顔だけを家の方へ向けた。
(累。世楽君はとっても鈍感っぽいから、積極的に攻めないと、難しいかもね)
その言葉を聞くに、どうやら累ママは今の累の世楽に対する気持ちを完全に読み取っているらしい。母親、恐るべし!




