34話 御前、お市、火花を散らす
満足そうに笑顔を浮かべつつ寮へ続く廊下を歩く世楽。
生徒Aと古本屋で語り尽くした世楽は、まだまだ知識不足だと頭を抱えた。そもそも生徒Aが色々と知り尽くしている。勿論これはそっち系ではなく、バトル系漫画の話だ。
本が数冊入った色つきの袋をぶら下げて、寮のホームにたどり着いたところで。
「世楽ぁ。随分遅いお帰りだなぁ」
片目を細めて世楽の肩に手を回した御前が、態とらしく大きめに声を出して絡んできた。
「御前。ただいま」
「ただいまじゃない。遅すぎだ。もう八時まわってんぞ?」
嬉しそうに御前のかかる体重を楽しむ世楽に、ため息を盛大に吐き出して肩を叩く。
「もうご飯出来たんだ。食べるか?」
「おう!食べる食べる。超腹減った」
反省を一つも見せる事なく、御前は皿に盛られた料理を温めるが。
「空いてねぇな、机」
他の生徒で席が埋まっていた。つまり、二人は食べる所がない。
「どうする?」
温まった皿を指先だけで持った御前が世楽の横顔を伺う。
「じゃあ俺の部屋で食おうぜ」
「………」
「なんだよその間は」
ジトッと世楽を疑う目で見据えながら緘黙する御前に思わずツッコミを入れる世楽。
「ちゃんと部屋綺麗にしてるか?」
世楽より身長が高い御前はほんの少し見下ろして問う。
「当たり前だ。なにせ布団と机以外ないからな」
誇ったようにフン!と鼻から息を出すが、それは慢心に誇れるのか。
世楽の部屋は隅の方にカバンや制服をグシャッと雑に置いているだけで、他には本当に何もない。
多少疑いの心を抱いて部屋を向かう世楽の背中を見つつしゃべりだす。
「じゃあおじゃましようかな」
そして世楽が扉を開ける。
瞬間――――。
ドタバタドタッ!!
騒がしく物音が世楽の部屋から放出された。
その部屋の真ん中には、平然を装うようにして背筋を異常に伸ばして、耳先まで真っ赤に染めた和服姿のお市が居た。ところどころに滴る汗も見えるようで。
「お、おかえりなさい世楽様?楽しかったですか?」
なぜか目を合わせようとしないお市に首を傾げる世楽は、どうやら物音に気付いていないようだ。
「うん、楽しかった」
満足そうに大胆に笑う世楽へ、お市も嬉しそうにする。
「ご飯出来てますけど、食べます――――」
そこで、世楽の背後で自分を眼下に見下ろす御前と視線がぶつかり、引き攣った笑みを浮かべた。
「ぜ、世楽様?その後ろの方は誰ですか?」
「ん?あぁ、御前。俺の可愛い二年の先輩だ」
ムスッ。(お市)
言葉に反応したお市は胸でそんな効果音を響かせる。
また、御前は一瞬ぽかんとした表情をつくり、なるべく視界に世楽が入らないよう顔を横に向けた。
「その人が可愛い先輩なら、私は世楽様の何なんですか?」
表情は笑っているのに声が低く冷たいのが恐怖を感じさせそうだ。
「ん?お市は俺の可愛い同級生だろ?」
すると、ムスッとしていたお市は刹那に、にまぁっと嬉しそうに弛緩させた。
ムスッ。(御前)
だが、今度は御前が胸に霧が掛かる感覚に襲われる。
鈍感な世楽は二人の間隙に火花が静かに散っている事にも気付かず、机に移動する。
「世楽様?ご飯用意しま――――」
バンッ!!
お市の言葉を遮るように割りそうな勢いで荒々しく皿を叩き付ける御前。その引き攣った笑みはどこか怖い。
「世楽は私のご飯を食べるんだ」
すると、それに対抗するように机に身を乗り出してツンと言う。
「いいえ。世楽様は私のご飯を食べるんです!」
「いいや違う。私のだ!」
「私のです!」
この無闇で無意味な口論はしばらく終止符がつかず、結局は世楽の一言で全てが決まった。
「別に良いじゃん。俺が二人のを食べれば」
ニッと笑って簡潔に事を済ました世楽に、胸にポカポカと感じる御前と、キュンとするお市であった。




