28話 和服美少女
日曜、午前十時。
ここで一つ、言わなければいけない事がある。
喜色満面の笑みを絶やす事なくはしゃぐ子供のように三万円を握る世楽は、東京を知らない。
正確には、東京という名は当然知っているのだが、どこに何があるのかを把握していないのだ。
校外に出た事はあるが、それは放課後に国道を挟んだ向かい側にある古本屋にしか行ったことがない。
つまり、高揚する気分を満タンに往来する世楽は、気付いていないようだが迷子だ。
そして、ずかずか進む所為で人気の少ない場所にたどり着いてしまった所で、世楽はハッとなる。
「ちょっと待てよ。俺………金の使い方分かんねぇ」
天上へ召しそうな顔は一転してこの世に女の子が消えたような絶望満ちた表情へ。
右肩下がりの気分を示すかの如く肩をがっくりと落として踵を返す世楽。そこで。
「―――きゃっ!?」
身体がぶつかった。
世楽はぶつかっただけでたいしてどうあったという訳でもないが、その人はぶつかった直後に悲鳴を上げて、反動で尻餅をついてしまった。
「いてて」
「あ、ごめん。大丈夫?」
気落ちした世楽は謝りつつ手を差し伸べる。
「い、いえ。大丈夫です。すみませんでした」
その人は丁寧な言葉で告げると、顔を上げて差し伸べられた手を握ろうとする。
(うわぁぁお)
手を握ったと同時に、内心で感心したような声を漏らす世楽。
クリッとした大きな瞳に、淡い桃色の艶な長髪が美しく、また猩々緋色に白や黄、緑などの様々の花が描かれた和服を着た美少女が、世楽の目の前にいた。
そこで世楽の気分は右肩上がりにッ!!
「本当に大丈夫?」
可愛いと思うのも反面、きちんと憂慮もしている世楽に引き起こされたその和服美少女は、可愛いお尻をパタンパタンと叩きながら感謝を述べた。
「ありがとうございます。では、私急いでいるので」
そして走りだそうとした瞬間。
「おい!見つけたぞ!こっちだッ!!」
男の声が人気のないこの場所で一際大きく目立つ。
「ッ!?ど、どうか貴方も逃げてください」
どう考えても自分の心配をした方がいい状況であるはずなのに、世楽の事を最優先に考えている。だが。
「なになに?なんかのイベント?」
世楽は全く受け止めていなかった。
そんな激ヤバな状況に更に焦りを感じるその人へ、二人組の男達が来る。
「やっと追いついた。すばしっこいなぁ」
肩に五円玉の形をした円が六つある、六文銭という家紋をつけた男が言う。
「お、お願いします!逃げてください!」
必死な表情で世楽に訴えかけるように告げるその人は言葉を続ける。
「相手は真田家なんです!貴方は関係がないから、速く!」
男二人は腰に吊す刀を抜刀して、世楽とその人へ一目散に駆け出した。
「へッ。嫌だね」
和服美少女に反発した世楽は、顔に憂色を塗る和服美少女を抱き寄せると、地を蹴り、男達を飛び越える。
「わッ!?」
抱き寄せられると同時に顔を染める和服美少女は、突然の事に目をキュッと閉じて世楽にしがみつく。
大事そうに抱きながら綺麗に着地をして見せた世楽は、ニッと面白そうに口角を上げた。
「こんな可愛い和服美少女を放って逃げるなんてする訳ないだろ」
ドキッ!
いや、和服美少女さん。流石にそこではちょっと…………ねぇ。ドキッてするところありました?
なんてツッコミが割り込んできそうな状況下だが、見上げるその人の頬は朱色に染まり、嬉しそうであった。
「お前、誰だ?織田家の者か?」
不機嫌そうに眉を寄せる男は低声を下す。
「は?俺が織田家な訳ねぇだろ」
「ならば石田家か?」
「違う」
そして世楽は、地面を潰すように水平に蹴り飛ぶと、男の顔面に足をめり込ませる。
そのまま地面へ蹴り付けて、もう一人の顎へ下から蹴り上げた。
ノックバット!世楽の勝ち!
一蹴した世楽は手を叩きながら和服美少女へ近づくと、元気そうに笑顔を向けた。
「襲われてたのか?まぁどっちにしろそんな感じに見えたからやったけど良かった?」
「あ、ありがとうございます!」
その人は感謝を口上して、自己紹介を始めた。
「私はお市と申します。改めて、助けていただきありがとうございます」
ふわりと花が咲きそうな綺麗で可愛い笑顔を向けるお市に、世楽も自己紹介をする。
「俺は世楽だ。絶咲世楽」
(絶咲……世楽。格好いい名前です)
心の内でそんな事を呟くお市。
その後、世楽へ何度も感謝の言葉を口にするお市。
そして、二人は別れる。
「じゃあなお市。気を付けろ」
「はい。ありがとうございます」
ニッと笑って手を振る世楽に、小さく手を振り返して、お市は胸の前に手を持ってくる。
(世楽、ですね。覚えました。確かに覚えました!)
嬉しそうに微笑むお市は、やはり可愛い。




