10話 下心満載
「う゛ぅぅぅぅぅ」
餓死寸前の獣のように苦悶の唸り声を上げた世楽は、目の下に真っ黒なクマを刻んでいた。
昨日から空前絶後の空腹に苛まれた世楽は一睡も出来ず、ずっと路地に倒れたまま苦しんでいる。
「腹減ったあ゛ぁぁぁぁ。ねみぃぃぃぃぃ」
大の字になって仰臥する世楽は、残った体力を無駄な叫びに使い、それは更に空腹を及ぼす。
ぐぅぅぅぅぅぅ〜。
腹の音は世楽にとってはもう地獄の音で、いくら超変態な世楽でもさすがに可哀想でしかなかった。
そこへ―――――。
タッ、タッ、タッ、タッ。
靴底が少しだけ厚い、ローファーの足音が速いリズムで路地に刻み、それは次第に大きくなっていく。
「世楽!!」
聞き覚えのある声に、世楽は精一杯に腕を上げて、力なく手をぷらぷら振った。
やがてローファーの足音は世楽の隣で止まって、その人は顔を覗き込むようにしゃがんで、髪を耳に流す。
「世楽!?大丈夫?」
「累ぃぃぃぃ〜」
累にもクララ同様に、一個上の先輩にでも世楽は容赦なくタメ口&呼び捨てで会話をする。
「どうしたの?」
目は赤く、目の下にはクマ、健康とは言えないような血相の白い顔色。
弱っている世楽を目の当たりにした累は本気で眉を八の字にして、話に耳を貸す。
「腹減った」
「え?」
「昨日の昼から何も食べてない。だから腹減った」
「はぁー」
「俺死ぬわ」
「冗談言わないで」
重くため息を吐き出す累は、世楽の軽い言い方に素っ気ない冷淡な言葉告げた。だが………。
「………世楽の声がしたから来て、倒れてたから何かあったのかって……心配して損したじゃない」
唇を尖らせてそっぽを向いた累は、ムスッとしながら蚊の鳴くような声でボソリと呟いた。
「なんだって?」
「何でもない!」
恥ずかしくなった累は、声を張って立ち上がった。
「もー、拗ねんなよぉ。心配してくれてありがたく思ってるからさぁ」
「聞こえてるじゃないッ!!」
シャーッ!!と襲いかかってくる猫のように牙を立てて口上する累は、顔を赤くさせて拳をギュッと握る。
結んだ長い髪を振り乱して歩き出そうとする累は、怒ったように世楽へ投げつけた。
「ほら!学校行くよ!」
世楽が起き上がる前にズンズン歩き出す累は、プスプス頭から蒸気を上げるほどに怒っているように見えた。
「あぁ待って累ぃ。俺起き上がれない。手ぇ貸してぇ」
今度は両手を挙げてぷらぷら手を力なく振る世楽は、少々甘え気味といった感じで累が帰ってくる事を天に祈った。
一方、足を止めた累は数秒停止して、踵を返して戻ってくると、ニヤニヤと腹立つほどに笑う世楽を眼下に見下ろす。
「………」
「……累?」
まるでハイライトが瞳から消えたような冷酷な視線に、世楽はハテナマークを増産する。
「……下心は?」
「は?」
「……下心はないわよね?」
累は警戒心全開で世楽を酷く睨み付ける。実際内心では(すぐからかってくるし、お、お、おっ……胸揉んでたし)と以前の世楽の行動により変態だという印象を深々と斬り付けられていた。
「………ない」
「今の間は何よ今の間は」
一瞬思案したように見えた累は、そんな事を口にしながら、ぷらぷら振る世楽の手を握ろうと手を差し出す。
「断じてない。あぁでも俺跨いでくれる?正面からじゃないと多分起き上がれない」
真剣な表情で述べる世楽は累を跨がせようと、挙げた手を斜めに傾ける。
「はぁー。分かった」
そして世楽のい腰辺りを跨いだ累は、伸びた手をギュッと握ると、体重を後ろに倒して引き上げようとする。
「うぉ」
想像していた以上の力で引っ張られた世楽は、自分でも起き上がろうと足で体重を支える。
そして―――――。
「アーレ―」
完全に起き上がった世楽は握られた手をするりと抜いて、帯をグルグル解かれるように棒読みでそう言った。
解放された手は、驚いて目を見開く累の――――。
もにゅっ。
胸に綺麗に着地した。
「んっ……」
我慢した艶めかしい声に、世楽はニヤリと口角を持ち上げて嬉しそうにする。
ほんのふっくらとした柔らかいそれを、クソな面で数回優しくグーパーグーパー繰り返す。
「んっ、はぁ、あんっ!――――ッ!?」
胸を突き出すように背筋をピン!と反って、頬をほんのり染めながら更にピンク色の嬌声を漏らす累は、自分の出したそれに我に返って、顔をカッと赤に染め上げ、バッ!と口元を両手で覆い隠す。
大きく綺麗な茶色の瞳に涙を膜を張った累へ、世楽は胸から手を放し、ゼロに近い距離まで鼻先を持ってくる。
「累。可愛いなぁ」
とどめと言わんばかりに世楽は累の耳元に「ふぅ~」と息を優しくかけて学校への道を歩き出すと、空を仰いで「あぁー、腹いっぱい!」っと満足げに笑った。
一方、真っ赤になった耳に優しい吐息を浴びた累は、ビクッと反応して見せて、羞恥心はだんだんと怒りに膨張していく。
「世ぇぇぇ楽ぁぁぁ!!」
顔を真っ赤に染めたまま鬼の形相を浮かべる累は、名前を叫んで走り出した。
「はーい、……うぇッ!?」
その形相を目の当たりにした世楽は「マズッ!?」っと言った顔に汗を垂らす。
全速力で駆ける累は、ひらひら暴れるスカートのポケットに手を突っ込み、千代女同様銀に光る刀を取り出した。
「ちょいちょい待て待て!?だからお前ら刀どっから出してんだよッ!?」
殺されると確信を持った世楽は、悲鳴を上げながら学校へと走り出した。




