困りごと
ダイニングに着くと、すでに旦那様は席に座っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
旦那様は返事をしてくれたものの、その声には元気がない。
……どうしたんだろう? 昨夜よく眠れなかったのかしら。
疑問に思っているうちに、朝食が運ばれてきた。
「いただきます」
なんといっても、公爵家の食事だものね。落ちぶれ伯爵家だった実家とは程遠い、豪勢なものだった。
なぜか周囲の視線が気になりながら、朝食のベーコンを頬張る。かりっかりで、とってもおいしい。あれ、でも。何かしら、ベーコンを噛むと鼻から抜けるこの甘い香りは――。
なんだか、懐かしい香りだ。
って、そんなことはどうでもいいわね。とってもおいしいんだもの。
「……うぅ」
あまりの美味しさに唸ると、旦那様も含めみんなが一斉にびくり、と体を揺らした。いけない、気に入らないと思われちゃったのかしら。
「おいしい……! こんなに美味しい食事、食べたことありません!!」
しまった! いくら否定したかったとはいえ、大声を出しすぎちゃった。こういうところが、元婚約者に婚約破棄される原因になったのよね。けれど私の言葉に、なぜか旦那様は頭を抱えていた。
「……旦那様?」
私が尋ねると旦那様は、目をうろうろと泳がせながら、なんでもない、とほほ笑んだ。いや、なんでもなくないいでしょ! と突っ込みたくなったけれど、それよりお顔が天才過ぎて、疑問がかき消されてしまった。
「そうか、おいしいのか……」
「はい、とってもおいしいです」
おいしすぎる朝食に真摯に向き合っているうちに、朝食会は終わった。
◆◆◆
「どういうことだ……」
朝食会の後、僕は頭を抱えていた。
「熊でも殺すほどの毒が効かないなんて……」
結婚したばかりの妻をさっくり暗殺し、悲劇の公爵として社交界に現れる予定だったが。妻には全くと言っていいほど、毒も、剣も効かなかった。
眠っている間にも、何度も剣で殺そうとした。すると、彼女は寝返りを素早くうちながら、よけるのだ。本当に眠っているのか疑問に思うほど素早い動きだったが、確かに彼女の瞳は閉じていた。
それだけなら、まだいい。
何といっても最大の困りごと、それは。
僕の妻が、可愛すぎる――ということだ。
彼女のきらきらと輝くオレンジの瞳も、亜麻色の髪も好ましい。それにこれが神の御業か? と疑うほど、僕を魅了する顔のパーツの配置。
何より、ヴァンパイアである僕を目の前にしても、物おじしない、その勇敢さ。
どこをどうとってみても、好ましい……むしろ、愛しそう、なことが最大の難点だった。危ない。このままでは恋に落ちてしまう。
それでも、僕は。
なんとしてでも、恋に落ちる前に、妻を殺さなければならない。
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