思い出した前世
「ヴ、ヴァンパイア~!?!?」
「シッ! 私の娘、声が大きい」
いやそれは無理でしょ、お父様。
我が家はそれなりに裕福な伯爵家――と周囲には見栄を張っているものの、実際は貧乏伯爵家である。
そんな伯爵家の末娘に生まれた私には、婚約者がいた。そう、いた、だ。
侯爵子息だった彼に、「元気だけが取り柄のお前とは、結婚できない」と婚約を破棄されたのだ。
でも、我が家は見栄っ張り。
侯爵子息との婚約が破談になったからには、同等以上の婚約を持ってくる、とお父様は息巻いていた。その約束通り、なんと公爵様との縁談をもって、お父様が領地に帰ってきた……のは、いいんだけど。
そのお相手が、ヴァンパイアの公爵だなんて。なぜ、ヴァンパイアなのに公爵になれたのか……、という公然の秘密はこの際おいておくとしても。
「お父様、それにしたってなんで、エドワード・バードナー公爵なんです?」
「それはね……、高位貴族でお前を嫁に貰いたい、という方が他にいなかったんだ」
お父様が色んな高位貴族やその子息に打診をしたけれど、惨敗。それで、ほとほと困り果てたお父様の元へ、一通の手紙が来たのだという。バードナー公爵からの結婚の申し込みの手紙だ。
「まぁ、でもよかったじゃないか! 相手は公爵様だ。今よりいい暮らしができることは確実!!」
いや、まぁ、そうでしょうよ。
今どきの、新興男爵家のほうがよっぽどいい暮らしをしていると思うほどの、貧乏な我が家と比べれば。
そんなことよりも……。
「つまり、売れ残った私を哀れに思ったバードナー公爵が、手を差し伸べてくださったと」
「そうだ」
お父様は、大きく頷く。
でも、妙ね。バードナー公爵はもう御年100歳。まぁ、私たち人間とは時間の流れが違うから、100歳でも若い方なんだろうけれど。
100年間、ずっと、妻はおろか、婚約者さえ作らなかったバードナー公爵が、私を、妻に、だなんて。
……まぁ、いっか。
私は、元気なことだけが取り柄、と、元婚約者にも言われたし。こうなったら、ヴァンパイアでもなんでもいい。
「わかりました。私、妻として精いっぱい努めます!!」
◇◇◇
なーんて、思っていた。
ええ、思っていましたとも、今日までは。
そう、今日は、私がバードナー公爵と結婚する日。結局一度も顔合わせをせずに、結婚式を、迎えるのね……まぁ、いっか! と思っていた時だった。
「シャーロット様」
私の名前を久しぶりに使用人に呼ばれ――いつもお嬢様と呼ばれていた――、違和感を覚えた。
「……シャーロット」
呼ばれた自分の名前を、もう一度呟く。
自分の名前だ、でも、それ以外に、私はどこかでその名前を聞いている。
どこだっけ――……あ。
一気に記憶がよみがえる。今の私と同じ年齢分の異なる記憶に、脳が混乱する。
染みついた薬剤のにおい、鳴り響くナースコール、そして――強い、痛み。
「おもい、だした……」
私、シャーロット・グランは、黒幕系ヴァンパイアである、エドワード・バードナーにロマンス小説の序盤で殺される。
そして序盤とは――そう、この結婚式だった。
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