第93話 謎の老人
僕たちが食事しようとしていた横ではワンという老人と店長らしき男性が揉めていた。
「とにかく駄目だ! ツケを支払うまで出入り禁止だと何度も言ってるだろう」
店長が強い口調でワンの来店を拒否した。この口ぶりからしてワンは初めてじゃなくて何度か店に来ているらしいね。
「フンッ。つまり支払いが問題ないならいいんだな?」
「……そうだがあんた金なんてないだろう」
「舐めるなよ小僧。おいお前ら!」
するとワンが急にこっちを振り返り呼びつけてきた。い、一体何?
「老人はいたわるものだ。だからわしの酒代はお前たちが持て」
「はい?」
「何言ってるのか理解出来ないわよ!」
ワンの突然の要求にエクレアとフィアが眉を顰めて声を上げた。
まさか初対面の老人にいきなり酒代を奢れと言われるなんてね。
「ワン爺さんもいい加減にしてくれ。そういうのは迷惑なんだよ!」
「黙れ! ここからはこの小僧達とわしの――ん?」
ふと老人の視線がフィアの足元に向けられた。そこには袋に入った酒瓶がある。
「ほう。これは若いくせに美味そうな酒を持ってるじゃねぇか」
「あ! それ私の!」
ワンが袋からひょいと酒瓶を取り出して舌を出した。随分と突拍子のないことをする人だな。
「それは依頼を達成したお礼に貰った物なんです返してください」
流石に僕も口を出させて貰った。依頼のお礼に折角貰ったものなんだし……。
「依頼? お前ら冒険者か?」
ワンがジロッと僕を見て聞いてきた。依頼と聞いてそう思ったのかな。
「そうです。それよりお酒を――」
「――フンッ。杖が泣いてやがる」
僕の杖を見てワンが突如そんなことを言いだした――
「お前みたいのが冒険者やってるなんて世も末だぜ」
「え?」
ワンの放った言葉で縛られたような感覚になった。なんだろう? 初めて会った老人に言われただけなのに――
「適当なこと言ってないでお酒を返しなさいよ!」
「全くケチくさい連中だ。それならせめて一口」
「「「あ~~~~~~~~!」」」
僕がちょっと老人の言葉を気にしていたその間に、ワンは酒瓶の栓を抜き直接口をつけて瓶を傾けてしまった。
「ふん。まぁまぁの酒だな」
「ちょ! なんてことするのよ!」
お酒を一口呑み微妙そうな顔を見せたワンを見てフィアが叫んだ。セレナとエクレアは引いているよ。
「そんな怒るこたぁないだろう。ほれ返すぞ」
「いらないわよ! そんな直接口をつけたようなバッチィの!」
ワンが酒瓶を差し出してきたけどフィアが叫んで受け取りを拒否した。もう呑む気はおきないようだね……。
「なんだそうか。仕方ない。まぁまぁの味だがいらないならわしがしっかり呑んでおいてやる。じゃあな」
そしてワンが店から出ていった。フィアが怒りを顕にしている。
「何なのよあいつ!」
「悪いなあんたら。ここは初めてなんだろう?」
ムッとした顔つきで文句を言うフィアに店長らしき男性が問いかけてきた。
確かに僕たちはここは初めてなんだと思う。フィアとセレナもそんな雰囲気だったし。
「そうですがそれがどうかしたのですか?」
なんとなく口ぶりが気になって聞いてみた。
「この街の人間や常連ならその席には座らないからな。ワン爺さんに絡まられると面倒だとわかってるのさ」
そういうことだったんだ……道理で混んでる割にここだけ誰も座ってないと思った。
「あんたらも気分悪いだろうが勘弁してやってくれ。ワンの分はここの代金分でサービスしておくからよ」
「サービス! 食べ物もですか?」
セレナがテンション高めに聞いていた。これは――
「あ、あぁそうだな」
「本当ですか!?」
「俺は店長だ。その俺が言うからには間違いねぇよ! ま、初めての客だし気分良く帰って欲しいしな」
やっぱり店長だったんだね。でも本当に大丈夫かな。それに――
「あのお爺さんを出入り禁止にまでしてるのに店長さんにそこまでしてもらっていいんですか?」
「スピィ~」
僕が聞くとスイムも気になったのか鳴いて体を捻ったよ。
「――確かに今は迷惑なところもあるが、あれでも以前のワンは腕のいい職人だったんだよ。だけど今はすっかりあの調子でな。だけど悪い奴じゃないんだよ。あんたらにもそれは知っておいてもらいたい――ま、気分悪かったかもしれないがその分ここの味を楽しんでいってくれ」
そう言って店長が奥に引っ込んだ。ちなみにその直後セレナの注文を聞いて顔を青くさせていたんだけどね――