第86話 ガイへの知らせ
「チッ、ウザってぇ……」
人目のつかなそうな路地裏に入り、ガイは受付嬢から受け取った便箋の中身を確認しながら呟いた。表情には嫌悪感が滲み出ている。
『ジュウヨウ。ホウコクマツ。イエニカエレ――』
文面はこのような簡素な物だったが、それだけでガイは何を求めているのか理解出来ていた。
だからこそ苛立ちが抑え切れないのである。
「――無視しても面倒なだけか」
頭をボリボリと掻き毟りギルドへ戻ろうとしたガイだったがそこに立ちふさがる男のカゲ。
「あん? 何だテメェら?」
「ハハッ、お前が日和のガイか」
「あぁん?」
その男はガイの目の前に立ち小馬鹿にするように言い放ってきた。まるで壁のようなデカい男だった。まんまるな顔をしており腹も出ている。
それ以外にも数人の冒険者の姿があった。
「へへっ、勇者ガイさんよ。テメェ散々生意気な口聞いてたけどよ、あの無能な水野郎に助けられたんだって?」
「しかもそれからはあの野郎に随分と媚びへつらってるって話じゃねぇか」
「哀れよね。狂犬勇者とか散々言われていたのに、自分より強い相手とわかった途端牙の抜かれた子犬みたいになっちゃうんだから」
冒険者たちがゲラゲラと笑いだす。魔報で送られてきた手紙のこともありガイの脳裏に昔の嫌な記憶が想起されていった。
「そうかテメェらは俺に喧嘩を売ってるんだな?」
「粋がるなよ坊や」
中心に立つ壁のような男がガイの頭に手を乗せてゲシゲシと撫で回す。子どもをあやすような手付きだがパワーが桁違いだ。
「お前は強い相手に媚びるんだろう? いいことを教えてやる。俺はCランク冒険者だ。お前より格上のな。犬ころなら犬ころらしく俺に従え。お手をしろと言えば従い俺が尻をなめろと命じたらなめろ。それがお前にはお似合いだ」
ガイが拳を強く握りしめる。犬ころという言葉にまさに犬のように地べたに這いつくばり従う父の姿を思い起こす。
ガイには散々厳しくし、暴力さえ振るった。自分の妻さえ道具としか見ず病に伏しても非情に徹し亡くなった時にさえ顔を出さなかったくせに――アクシス家を前にしたときには引くほどの醜態を晒したあの男を……。
「別に俺はお前みたいな弱虫を虐めて楽しみたいわけじゃないんだぜ。寧ろお前にぴったりな役割をくれてやる。お前の仲間にセレナとフィアといういい女がいただろう? それを俺に差し出せ。そうすればお前がこれからも勇者としてやっていけるよう多少は協力してやるよ。なぁ犬ころ――」
ガイが男の手を強くはねのけた。男が目を眇めガイを見やる。
「そうか、俺と遊んでくれるんだなCランク冒険者さんよぉ」
右手を上げ強気な発言を見せるガイ。その様子に不快感を示しているのはCランク冒険者だ。
「――どうやら勇者とは名ばかりの大馬鹿野郎だったらしいな。いいこと教えてやるよ。何故冒険者の多くがDランク止まりで一生を終えるか知ってるか?」
男が語りだす。確かにこの男の言うように冒険者の大半はCランクに上がること無く冒険者を引退するか、志半ばに死んでいく。
「Cランク昇格試験がそれだけ甘くないってことだ。つまりそのCランクまで上がった俺様の強さはテメェが思っているよりも圧倒的――ィ!?」
喋り終える前にガイのローキックが男の右脛を捉えた。苦悶の表情を浮かべ巨漢の膝が落ちる。
「足元がお留守なんだよ。あぁついでにそのぶよついた顎もなぁ!」
「ゲボラァ!?」
「「「「ギャァアァアアァアア!」」」」
ガイは下がった顎目掛けて飛び膝蹴りをお見舞いし跳ね上がった顔を更に蹴り上げる。壁のような巨体が浮かび上がり後ろにいた連中を巻き込んで地面に落下した。
「――チッ、口ほどにもねぇ。この程度でCランクになれるなら楽勝じゃねぇか。無駄にハードル下げやがってクソが!」
眉を顰め吐き捨てるように言った後、ガイが路地裏から出るとそこにセレナとフィアが駆けつけた。
「ガイ。中々戻ってこないから心配したのよ」
「……あぁわりぃな。馬鹿の相手してたら遅れた」
困り顔のセレナを見てガイも素直に謝った。最近ガイへの当たりもキツかったのでここは下手に意地は張らないほうがいいと判断したようだ。
「また喧嘩? 昇格試験が決まってるのに馬鹿な真似やめてよね」
「そんなんじゃねぇよ。向こうも反省してるようだしな」
しかしフィアにはあっさりと嘘で返すガイだ。
「それより俺はしばらく街を出る」
「え? そんな急に……まさか家の事?」
「――ま、顔ぐらい出しとかないとな」
「ちょっと大丈夫なの!」
セレアとフィアに詰め寄られたじろぐガイ。しかしすぐに二人を押し退け答えた。
「問題ねぇ。丁度いい機会だ。俺はケジメを付けるつもりだよ」
「ケジメ?」
「ま、すぐに……とはいかねぇが試験までには戻る。それまではそうだな、無理にとは言わねぇぞ! 言わねぇが! ね、ネロと一時的に組んでも、まぁ、文句は言わないでおいてやるよ! じゃあな!」
そう伝えた後、ガイが走って去っていった。
「もう。相変わらず勝手な奴」
「……でもこれでフィアも堂々とネロとパーティー組めますね」
「は? はぁ! そ、そんなんじゃ、別に、大体、追放してるし……」
顔を赤くしごにょごにょと呟くフィア。その様子を見て吹き出すセレナ。しかしすぐに真顔になりガイの去っていった方を見つめるのだった――




