第64話 マスターに助けを求める女
「チッ、一体どうなってやがる!」
勇者パーティーとネロ達がそれぞれ黒の紋章使いと戦っている頃、ギルドマスターのサンダースもまた町の変貌に驚き自ら対処に回っていた。
「――雷剛拳!」
サンダースは凶暴化し襲いかかってくる暴徒相手に武芸で対応していた。もっとも拳を直接当てたりはしていない。あくまで拳から伸びた電撃でショックを与え気絶させるに留めている。
原因が不明な上、相手は街でこれまで普通に暮らしていた一般人だ。下手な事して大怪我を負わせるわけにもいかない。かと言って放置していても被害が増えるだけである。
故に電撃によるショックで意識だけ刈り取って回っているのだ。
「たく、調整も面倒だってのに――」
頭をガリガリ掻き毟りながらボヤく。現在地点の大体の暴徒は鎮圧した。
「しかし原因がわからなければ根本的な解決になりゃしねぇ」
「た、助けてください!」
その時だった。サンダースの耳に女性の助けを呼ぶ声。目を向けるとずいぶんと露出の激しいドレス姿の女性が走って近づいてきた。
「――どうした?」
「それが突然皆おかしくなってしまって――私も襲われてしまったんです。ですからどうか……」
「そうか、よ!」
駆け寄ってきた女に向けてサンダースが拳を振った。問答無用で顔面に吸い込まれていく拳だが女が当たる直前に跳躍し拳を避けつつサンダースの裏側に回り込んだ。
「ハッ! 助けを求めてる割にはいい動きしてるじゃねぇか」
「――貴方ひどい人ね。助けてと近づいてきた女に手を上げるなんて」
妖艶な笑みを浮かべつつ女が言った。サンダースが振り返り鼻を鳴らす。
「フンッ。助けてと言ってるわりに声と表情に余裕があったからな。お前はもう少し演技力を磨くといいぞ」
「あら辛辣。けれどもしそれがただの勘違いだったらどうしたのかしら?」
指を突きつけサンダースが告げると女は色のある微笑みを浮かべ聞き返した。
「ギリギリで拳を止める技量ぐらいは持ち合わせてるつもりだ。お前には必要なかったみたいだがな」
女を厳しい視線を向けながらサンダースが答えた。女は笑みを崩すこと無く科を作りサンダースに微笑みかけた。
「あらそう。でも、私に気を取られてばかりでいいの?」
フフッと妖艶に笑った直後、建物の陰から飛び出してきた暴徒が一斉にサンダースに襲いかかってきた。
「あめぇんだよ! 旋風雷鳴脚!」
嵐のごとく回転と雷を纏った蹴りで襲ってきた暴徒を纏めて吹っ飛ばした。地面に落ちた暴徒達はしこたま体を打ちつけ意識を失っている。
「あらあら。随分と容赦ないのね。ただ操られているだけの一般人かもしれないのに」
「あぁ問題ねぇよ。そいつら全員冒険者だ。たく情けねぇ。これは不甲斐ないこいつらへの俺からの罰だよ」
目を光らせサンダースが答えた。女は一旦瞼を閉じ、髪を掻き上げ口を開く。
「流石は著名なギルドマスターといったところね。あの一瞬でそこまで判断出来るなんて。その逞しさといいそそられるわ」
「勘弁してくれ。俺の嫁は嫉妬深いんだ。お前みたいな女相手でも何言われるかわかったもんじゃねぇ」
女が挑発的な発言を見せるがサンダースには乗る様子がない。
「あら傷つくわね。これでも私モテるのよ?」
「俺は中身重視なんだよ。たく女狐が。それで町の人間がおかしくなってるのはテメェの仕業か?」
そしてサンダースが本題に触れた。慎重に相手の様子を窺いながら出方を待つ。
「そう、だと言ったら?」
「多少強引でもとっ捕まえて連れ帰らせて貰うぜ。色々と話を聞く必要があるからな」
「それは厳しいかもしれないわね。だって貴方はもう私の目を見たもの。フフッ」
「なんだ、と? グッ!」
確かにサンダースは女の目を見ながら話していた。そしてそれがどうやら決め手となったようだ。頭を押さえ呻くサンダース。獣のような目つきで女を睨んだ。
「テメェ、これで町の連中を」
「驚いた。まだ話せるのね。でも、ダ・メ・よ。私、メンヘルの『狂い咲く瞳』からは逃れられない」
「グ、グァアァアァアアァアアアアア!」
サンダースが咆哮を上げた。瞳が狂気に染まり荒ぶる息を抑えきれない様子だ。
「堕ちたわね。それなら適当に暴れていなさい。勿論貴方は『深淵を覗く刻』の処刑リストに入っているから娘ともども後でしっかり始末させてもらうけどね。ウフフッ――」
そう言い残しメンヘルがその場から姿を消した。このサンダースの暴走は当然他の冒険者にも知れ渡ることとなり町の人間を恐怖に陥れることとなる――




